#834
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「壊れてもいい、人生最後の日だと思って投げる」菊池雄星の覚悟と大粒の涙<2009年花巻東、甲子園での冒険>

2023/08/31
甲子園で人目も憚らず号泣したのは4年前。今、彼はプロ野球選手として飛躍を遂げようとしている。あのとき、どんな思いが胸に去来していたのだろうか。知られざるエピソードを交えつつ、涙の夏を振り返る。(初出:Number834号菊池雄星 「あんな涙はもう流せない」)

 2009年は、花巻東の年だった。

 春の選抜大会は準優勝。続く夏はベスト4。通算成績は8勝2敗だ。優勝こそできなかったが、この年、甲子園で10試合以上戦ったチームは花巻東が唯一だ。つまり、花巻東は「年度代表チーム」だったとも言えるわけだ。

 あれから4年が経った。当時の花巻東のエース菊池雄星は、今季は7月まで16試合に登板し、防御率はリーグ2位の1・69。今や西武のエースに成長しつつある。そんな菊池に話を振ると、初っ端、試合のことはあんまり記憶にないと言った。

「田舎者なんで、オフの日、ホテルの近くの三宮で遊んだ思い出の方が印象に残ってますね(笑)。ドン・キホーテとか、サウナとか行ったりして。今では普通のことなんですけど、高校生のときはそれが普通じゃなかったんで、すごく楽しかった」

 今が充実していればいるほど過去は遠ざかる。試合よりも、ドン・キホーテ。その発言こそ菊池がプロ野球の世界にどっぷりと浸かっていることの証拠にも思えた。

 が、それでは書けない……。そう告げると、菊池は了解のサイン代わりに笑い、少しずつあの夏を語り始めた。

「いちばん覚えてるのは東北(宮城)戦ですね。154kmを投げたときの感覚は、今でも忘れられません」

 夏の3回戦だった。その試合、菊池は5回と9回に2度、左投手として甲子園最速となる154kmをマーク。4─1で3試合連続となる完投勝利を収め、岩手県勢として初めて夏3勝を挙げるとともに41年ぶりの8強進出を果たした。

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photograph by Yasuyuki Kurose

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