イチロー メジャー戦記2001BACK NUMBER
Pure 生粋のベースボールプレイヤー。
text by
木本大志Taishi Kimoto
photograph byKoji Asakura
posted2001/06/06 00:00
一瞬だった。
しかし一瞬だったからこそ、いまだに頭から離れないのかもしれない。
6月2日、対デビルレイズ戦、試合前のこと。マリナーズのクラブハウスからフィールドへ抜ける廊下を歩いていると、ちょうどベンチの裏手あたりから「ガチャン、ガチャン」という音が響いてきた。周りで話し声が聞こえるわけでもなく、廊下付近にも人気がないため、耳を澄ますまでもなくその音は容易に認識できる。“誰かがジムにいるんだろう”。それほど気にも留めずジムの脇を通り抜けようとしたのだが、目は無意識に音源の方向を探った。
音源の主──はイチローだった。
試合前、たった一人で黙々とトレーニング・マシーンに向かっている。イチローは当然こちらの視線には気づかない。真剣な眼差しでひたすら「ガチャン、ガチャン」と回数を重ねていく。心なしか、表情がゆがんで見えた。
“Pure(純粋)”
そんな話をしたら、FOXノースウエスト・スポーツのアンカーマン、トム・グラスゴウは、イチローの印象をそう表現した。
「プレー、顔の表情、そうした話を聞く限り、そんな印象を受けるね。これだけ騒がれても、ベースボールへの集中力を失わない。“Pure”なベースボールプレイヤー。そんな言葉がピッタリだ」。
さらにトムの言葉を借りる。
「メディア側の人間が言うのもなんだけど、口数が少ないのも悪くないと思ってる(笑)。そんな選手がいたっていいと思うんだ。ラリー・バードだって、決して必要以上のことを話さなかった。みんながマジック・ジョンソンである必要はない。さらに言うなら、パッケージ化(商品化)されたプレイヤーではない、という印象も受ける。最近はアスリートのサイドビジネスが盛んだ。その契約金がチームからのサラリーを超えることだってある。ハイ・プロフィール・プレイヤーの周りにはベースボール以外の要素が渦巻いている。そんな状況にうんざりだったから、ファンもまたイチローみたいな“Pure”なイメージのプレイヤーに興味を示したんだろうね」。
約20年メジャーを見ているメディアの目にも、イチローは際立って見える。 最後に聞いた。「でも、英語が話せないから口数が少ないだけだったらどうする?」
「えっ? 本当はおしゃべりなのか?」