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《優しきヒーローの告白》大山悠輔が語るタイガース「5番」の難しさと後悔まみれの“あの三振”「あの日のメンタルはヤバかったです」

2026/10/15
圧倒的な勝負強さでクリーンアップの最後尾を担う男の脳裏にあったのは、忘れられない凡退だった。張り詰める優勝争いの中でもがいた先の大爆発の裏側――。(原題:[優しきヒーローの告白]大山悠輔「限界突破を生んだ後悔」)

 実は優勝が決まるまでの約1カ月間、新聞社やテレビ局などから届くインタビュー依頼をほぼ断っていた。窓口となる球団広報や取材者には申し訳ない気持ちしかなかった。それでも信念を曲げることはできなかった。

「9月はもう先のことを考える余裕がないぐらい、苦しい試合が続いていました。そんな状況で少しでも違うことに気を取られてしまうと、“スキ”が出て、全てがズレていっちゃいそうな気がして……」

 大山悠輔は31歳になった。シーズン最終盤のデッドヒートは3度目の経験だった。2021年はヤクルト、'24年は巨人に覇権を奪われていた。特に'21年晩秋の無念は'23年にリーグ優勝と日本一を成し遂げても、'25年に再びセ界制覇の美酒を味わっても、決して晴らせなかったのだという。

「ヤクルトの優勝が決まった瞬間の悔しさは今も忘れません。確か……僕がショートゴロで最後の打者になったんです」

 '21年10月26日の午後9時4分、ヤクルトはDeNAに完勝して優勝マジックを1としていた。その17分後、阪神は甲子園で中日に完封負けを喫した。9回裏2死走者なし。大山はショートゴロに終わり、一塁ベースを駆け抜けると唇を噛んだ。初めて主将を任され、「4番・三塁」を主戦場とした1年。最後はゲーム差なし、わずか5厘の勝率差でペナントをさらわれた。

 あの打席で打てていたら、あの試合を勝ち切れていれば……。そんな後悔はもうしたくない。だから男は今秋、24時間の全てを準備に費やそうと心に決めたのである。

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photograph by Asami Enomoto

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