記事を
ブックマークする

「予想以上に五輪が近いなと…」カーリング・仁平美来が語る“高校受験”と国内トップ級のスキップになるまで「良さは図太い神経、かな(笑)」《後編》

2026/09/28
Number1150号の巻頭企画「FACE」に登場した仁平美来。紙幅の都合上、雑誌誌面には掲載できなかった本人インタビューの内容をNumberPREMIERオリジナル記事でお送りします。後編ではカーリングを始めたきっかけや五輪への強い思いを語ってもらっています。《前編はこちら》

 カーリング選手の出身地は、北海道北見市常呂町と長野県軽井沢町出身が多数をしめる。そんななかで、北海道銀行の仁平美来は珍しく札幌の生まれだ。

 最初に本格的に取り組んだスポーツは、双子の兄の影響で5歳から始めた空手。仁平とカーリングの出会いは、親から手渡された1枚のチラシがきっかけだった。北海道が若手アスリートの発掘育成事業の1期生を募集するというもので、カーリング、スケルトン、バイアスロンが対象となっていた。

「カーリングしか知らないなぁと思いつつ……、空手をやっていて体力に自信があったので、自分はどこまでできるのかなとチャレンジすることにしたんです」

 体力測定や面接、1泊2日の選考合宿を経て、小学6年生の少女に適性があると示された競技がカーリングだった。

「合格者の中には今のチームメイトの田畑(百葉)と中島(未琴)もいて。練習が辛くても、全員で勝ちに行くのが楽しくて競技を続けてきました」

空手で全国大会にも出ていたが…。

 だが、その後も中学3年生まで力を入れたのは空手の方だった。

「練習が本当に辛くて全然楽しくなかったんですけど、試合に勝てるのが楽しくて。もしかしたら、勝ちたいより、負けたくない気持ちの方が強かったかもしれません」

 そんな仁平がカーリングに専念することを決めたのは、高校受験のタイミングだった。

「空手で全国大会にも出ていたのですが、私が選んだのはカーリングでした。中学3年の冬に日本ジュニア選手権で4位になって、勝てるかもしれないという気持ちが生まれたことが大きかったです」

特製トートバッグ付き!

「雑誌+年額プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています

photograph by Yasuyuki Ohashi

0

0

0

関連
記事