新チームで挑んだ秋季大会では、予選で敗れ選抜出場の夢は絶たれた。
そして迎えた冬。
この野球部には、小倉全由監督が就任した'97年以来続く伝統の合宿がある。
まだ日も昇らぬ時間から、辺りが暗闇に包まれるまで。
三高野球が作られる舞台裏に迫った。
すでに唇が不格好に歪んでいた。
昨年12月19日。日大三高野球部の冬合宿、6日目のことだ。
昼過ぎ、1年生の太田和輝が軽く右足を引きずりながら、監督の小倉全由(まさよし)の元にやってきた。フィールディング練習の際、太もも裏の肉離れを起こしたのだ。
目に涙をためながらケガの状況を説明する太田に、小倉はこう声をかけた。
「どうした? 悔しいのか」
太田は、黙ってうなずいた。もはや歪みは顔全体に広がっている。
「大丈夫だよ。走れるよ。足引きずりながら、やりゃいいんだから」
また、太田が無言のまま首を縦に振る。その仕草は、まるで親の愛を拒みながらも寄りかかろうとしている子どものようでもあった。
もちろん、もう走れないことは小倉もわかっている。仮に、太田が足を引きずりながらやろうとしたら、血気盛んだった昔ならともかく、今の小倉は間違いなく止めに入る。
そんな小倉の「嘘」がわかるからこそ、選手も安心して涙を見せられるのだ。
「あの合宿を耐え切ったからこそ、今の自分がいる」
日大三高は昨秋、東京大会の1次予選で、ほぼ無名といっていい郁文館高校に4-2で敗れた。そのおよそ1カ月前、甲子園で通算2度目となる深紅の大優勝旗を手にしていたチームが本戦へ進む前に姿を消すという、大番狂わせだった。
その試合、太田は1-2と負けている展開で6回途中から2番手として登板した。しかし、そこからさらに2点を失い、追撃ムードに水を差した。それだけに、この冬合宿に期するところがあった。
「すごい厳しいっていう噂は聞いていた。それでも、早くやりたいと思っていた。冬が終わったら、自分がどれだけ変われるのか楽しみにしていたんです。それなのに……」
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