森尾和貴の名言
やっぱり甲子園で優勝したって出来事は一生ついてくるんだなって。
森尾和貴(高校野球)
1992年、福岡・西日本短大附属のエースとして夏の甲子園に出場し、優勝を経験。社会人野球の新日鉄八幡に進み、11年目に野球部が廃部になるまで現役を続けた。現在は工場でスタッフを仕切る主査を務めるが、「仕事のほうがよっぽどきついです。野球で悩んでいたことを忘れるくらいに」と語る。少年野球のコーチもしているそうで、子どもたちの親から「甲子園、観ていましたよ」と声をかけられるという。「ずっと野球に携わっていきたいですね。社会人で結果を出せなくて『野球を辞めました』じゃ、寂しいじゃないですか」
Number959号(2018/08/16)
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