桑田真澄の名言
僕の記憶の中の、あの1年夏の甲子園は色が明るかった。爽快、軽快なイメージで、すべての景色がまるで映画を観ているような、そんなリラックスした気分でした。
桑田真澄(高校野球)
1983年夏の甲子園大会、PL学園の桑田真澄は1年生ながらエースとしてマウンドに立った。「甲子園ではいつ負けてもいいと思っていました」と言うが、桑田は決勝まで投げ抜き、横浜商を破って優勝という栄冠を手にする。「あんなに明るい甲子園は、これが最初で最後でしたね」と、無心で投げ抜いた夏を振り返った。
Number958号(2018/08/02)
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