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カナダGP2位のグロージャンを支えた、
“文系”F1エンジニアの小松礼雄。 

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尾張正博

尾張正博Masahiro Owari

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photograph byMasahiro Owari

posted2012/06/14 10:30

カナダGP2位のグロージャンを支えた、“文系”F1エンジニアの小松礼雄。<Number Web> photograph by Masahiro Owari

1980年代後半、日本GPでセナとプロストが戦っていたのを非常によく覚えていると語る小松。当時、日本のF1シーンにどっぷり浸っていたことで、F1業界を目指すようになったという。

 第7戦カナダGPで、周囲が驚く1ストップ作戦を遂行し、レース終盤に同じ1ストップのフェルナンド・アロンソをオーバーテイクしたロマン・グロージャン。フル参戦初年度ながら、早くも2度目の表彰台登壇となった。レース後、そのグロージャンが所属するロータスのガレージで、多くのスタッフから祝福されていた日本人がいた。

 小松礼雄(こまつ・あやお)。

 グロージャンに1ストップ作戦を与えたレースエンジニアである。

 レースエンジニアとは、レース中にドライバーと無線でさまざまな交信を行うだけでなく、ピットストップ作戦をストラテジスト(戦略家)と相談して決めたり、それに合わせてマシンのセッティングをパフォーマンス(データ)エンジニアらと調整するチームのまとめ役である。

 どのチームもドライバー1人に対して、レースエンジニアも1人しかいないため、レースエンジニアはドライバーの数しか存在していない。したがって、レース界の花形的な職業でもあり、近年のF1で小松以前に日本人がその任に就いたことはない。

日本の自動車メーカーが去ったF1界で、成功し続ける日本人。

 そのレースエンジニアに小松が抜擢されたのは、2011年のこと。

 ロータスの前身であるルノーに'06年から在籍していた小松が、マシンのセッティングに関してレースエンジニアを支える立場であるパフォーマンスエンジニアとなったのは'08年。3年間の仕事が認められて、'11年からレースエンジニアに昇格した。

 日本の自動車メーカーがF1から去ったいま、小松はどのようにしてモータースポーツの最高峰と言われるF1界でレースエンジニアという座を手に入れたのだろうか。そこには、自由な発想と類い希なる努力で、常識を覆す小松の人間力があった。

 機械工学に精通し、コンピュータを駆使してマシンをセットアップするレースエンジニアと言えば、理系の人間が就く職業である。しかし、小松は自らを「文系出身のエンジニア」と語る。

「高校時代なんて、数学は滅茶苦茶苦手で、偏差値で言ったら30台。高校を卒業するとき、『F1のエンジニアになるためにイギリスへ行く』って言ったら、同級生にバカにされましたよ」

 さらにこのとき、小松はほとんど英語が話せなかった。

【次ページ】 英語もできずに渡英し、F1エンジニアが通う大学へ。

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