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天才達と戦う“フェラーリの”浜島裕英。
敵はニューウェイ? それとも……。 

text by

尾張正博

尾張正博Masahiro Owari

PROFILE

photograph byHiroshi Kaneko

posted2012/06/29 10:31

天才達と戦う“フェラーリの”浜島裕英。敵はニューウェイ? それとも……。<Number Web> photograph by Hiroshi Kaneko

「フェラーリでチャンピオンを獲った二人に囲まれるアロンソ選手の男泣きの表彰式は最高でした。こちらまでウルッと」と自身のツイッターでコメントした浜島裕英。

 レース直後、表彰式が終わってガレージに戻ろうとした浜島裕英(ビークル&タイヤインタラクション・デベロップメント)に握手を求めた人物がいる。

 エイドリアン・ニューウェイ。

 現在、レッドブルのチーフテクニカルオフィサーを務め、レースエンジニア界でもっとも成功を収めた人物のひとりである。

 浜島とニューウェイは1998年、パートナーとしてチャンピオンを目指すために手を組んだ仲だった。当時、浜島はブリヂストンの技術部門のリーダーとして2年目のF1シーズンを迎えようとしていた。浜島率いるブリヂストンのライバルはグッドイヤー陣営だった。

信念をぶつけ合い、高め合ってきた浜島とニューウェイ。

 しかし、そのライバルと戦う前に、浜島の前に立ちはだかったのがパートナーのニューウェイだった。溝付きタイヤが導入されたその年、浜島はニューウェイにある提案をする。それは溝によって失われるタイヤのグリップ力を補うために、タイヤの幅を広げるというものだった。ところが、ニューウェイはその提案を却下した。なぜなら、エアロダイナミクスを優先して、すでにマシンの開発を進めていたからだ。

 だが、浜島は折れなかった。フロントタイヤのグリップ力の重要性を説き、幅広タイヤの導入を迫るのである。それでも首を縦に振らなかったニューウェイに、浜島は言う。

「そんなに信用してもらえないなら、私が推す幅広タイヤと通常のタイヤを実際にマシンに装着させて、サーキットを走らせようじゃないか。そして、速かったほうを使えばいい」

 折れたのはニューウェイだった。果たして、浜島の提案とニューウェイの決断は間違っていなかった。幅広のフロントタイヤを装着したマクラーレンはそのシーズン序盤を席巻。ライバルのグッドイヤーもブリヂストンにならって幅広タイヤを投入してきたため、中盤以降は接戦となったが、最終的にマクラーレンとブリヂストンがタイトルを獲得。浜島はもちろん、ニューウェイにとってもテクニカルディレクターとして初めて手にするタイトルだった。

フェラーリに移籍した浜島に立ちふさがる“名門の伝統”。

 あれから14年の歳月が流れた。浜島は今年ブリヂストンを退職。名門復活を託されてフェラーリへ移籍した。一方、ニューウェイは6年前にレッドブルに移り、弱小チームを再建。2010年から2年連続でタイトルを獲得している。浜島がフェラーリでタイトルを獲るためには、かつてパートナーだったマクラーレンと、ニューウェイ率いるレッドブルという現在のトップ2チームを倒さなければならない。

 しかし、浜島が打ち負かさなければならない相手は、ライバルたちだけではない。F1が開始された1950年よりも前に創設され、F1界でもっとも長い歴史を持つ名門「フェラーリ」に宿る「伝統」とも戦わなければならないのである。その伝統のひとつが、「保守的な」戦法である。

【次ページ】 フェラーリの伝統が消極的な判断を導くことも……。

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