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鹿島・三竿健斗の指標であり続ける
土肥洋一からのロシアW杯への金言。

posted2018/04/05 11:00

 
鹿島・三竿健斗の指標であり続ける土肥洋一からのロシアW杯への金言。<Number Web> photograph by J.LEAGUE

フィジカルとテクニックを兼備する三竿健斗はハリルホジッチ監督の好みのタイプでもあるはず。運命の発表まであと2カ月だ。

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池田博一

池田博一Hirokazu Ikeda

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J.LEAGUE

 ときに指針となる言葉に出会うことがある。

 鹿島アントラーズの三竿健斗にとっての“それ”は、高校3年の夏。ブラジル・ワールドカップ終了直後の2014年7月のことだった。

 当時、東京ヴェルディユースに所属していた三竿は、グラウンドの脇で練習を眺めていた。手には松葉杖。試合で足首をケガして1カ月半のリハビリ期間中だった。ブラジルW杯を見て、何となしに「いつか自分もあの舞台に立ちたいな」。そう思ってはいたものの、ピッチに立つことすらできない状況にあった。

 ボールを蹴りたい、サッカーがしたい、試合をしたい。はやる気持ちを抑えながら一緒に練習を見ていたのは、当時育成GKコーチを務めていた土肥洋一だった。そのとき何気なく掛けられた言葉が、長く三竿の胸に残る言葉となった。

「次のロシアW杯には、お前が出るんだぞ」

ヴェルディこそが三竿の原点。

 三竿の原点は、東京ヴェルディにある。5つ上の兄である雄斗(現・鹿島)がユースにいたこともあり、小学5年の秋にコーチから声を掛けられ東京ヴェルディジュニアに加入した。これまで数多くの有名選手を輩出してきた新しい環境では、いつも“プロを目指すのが当たり前”だった。

「中学2年のときにトップのコーチだった冨樫剛一さん(東京V強化部ダイレクター)から『そんなプレーしていて楽しいの? もっとボールを奪ったり、前へ攻撃に出た方がいいぞ』と言われて、思い切ってプレーするようになった。

 他にもユースのコーチだった菅原智さん(東京Vコーチ)から『もっと激しくボールを奪い切れ』と言われて戦うことが当たり前になった。都並敏史さん(サッカー解説者)からは『シャビ・アロンソとかサミ・ケディラのような、世界で活躍している選手を参考にしなさい』とか、とにかくいろんな人から助言をもらった」

 気がついたことはなんでも口にして伝えてくれる存在が、常に近くにたくさんいた。三竿自身も「言われたことは、まず聞いて実践する」タイプ。どんどん吸収して、どんどん成長していった。その繰り返しが三竿を大きくしていった。

【次ページ】 プロ1年目の選手に、異例のオファー。

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