One story of the fieldBACK NUMBER
藤浪晋太郎が「エース」になった日。
鶴岡の一言に滲んだチームの空気。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2015/09/11 11:30
高卒1年目から3年連続10勝以上という松坂大輔以来となる成績を残している藤浪。阪神のエースから球界を代表する大エースになる日も近い。
なぜ打線が奮起した? なぜサヨナラ勝ちできた?
「力で押し切りたかったんですが。自分の情けない投球を野手の皆さんにカバーしてもらいました」
1-1で迎えた7回、阿部に勝ち越し2ランを浴びた藤浪はこの回で降板した。勝ち投手にはなれなかった。表情もコメントも、落胆がありありだった。
ただその裏、それまで手も足も出なかったマイコラスから打線が2点を奪えたのはなぜか。
延長11回の死闘をサヨナラで制することができたのは、なぜか。
「晋太郎が投げる試合は特に落とせない。普段なら阿部の2ランで決まっている。よく追いついて、勝った」
和田監督の言葉だ。試合直後には、藤浪に対し、ずっと高いレベルの注文をつけてきたベテラン福留孝介が自ら握手を求めた。エースが投げた試合は落とせない。誰もが本能的に藤浪をエースとして認識していた。
女房役から出た「エース」という言葉。
阪神のエースはだれか?
ここ数年、その答えはメッセンジャーだった。中4日、5日の短い間隔でカード初戦や難しい試合を投げていく。
今年に入っても、藤浪はあくまで「未来のエース」だった。それが、首位戦線を戦う中で徐々に立場が変わっていき、この日、決定的になった。
試合の後、意外な男の口から「エース」という言葉が出た。
鶴岡一成。
藤浪が大不振だった5月途中からバッテリーを組み、そこから、ずっと女房役だ。どちらから望んだわけでもない。ベンチが決めた。だが、鶴岡と組んでから藤浪は覚醒した。
関西のマスコミも、ファンも、ひいてはチーム関係者も、藤浪にはどこか寛大なところがある。大阪桐蔭で春夏連覇し、数十年ぶりにクジを引き当て、ドラフト1位で獲得した。やっと手にした「宝物」を大事に扱うのはだれしも同じだ。
ただ、3球団を渡り歩いてきた鶴岡にはそれがない。
「全然ダメ」
勝っても、こうコメントすることがある。特別扱いしないどころか、一線を引き、突き放すこともできる。そんな男がこう評した。
「物足りないね。もっと初回からテンションを上げてきてもいい。そういう試合だから。それがエースだから。ブルペンではいつもと違うな、というのがあった。でも入り方はいつもと同じで、だんだん上がっていく感じ。中盤からは気持ちが出ていたけど」
わかりにくいかもしれないが、これは鶴岡流の賛辞だ。
特別な試合に向かう闘志を感じ取った上で、そこにさらに注文をつけたのは、エースという基準で評価しているからだ。何よりも、普段から藤浪に厳しく接することのできる鶴岡が「エース」と表現したことが、チーム全体の藤浪に対する認識を物語っていた。そして、うれしそうな笑みでこう言った。
「でも阿部に2ラン打たれたところ。打たれたから2人で反省なんだけど、俺は晋太郎のああいうところは嫌いじゃない。逆に俺が引き下がらないといけなかったのかな、とも思っているよ」