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吉田義男×掛布雅之×岡田彰布!!
歴史に残る初のレジェンド鼎談。

posted2015/09/09 14:00

 
あの優勝から30年――。「三人で話すのは初めて」というレジェンドたち。対談の冒頭、吉田元監督は「昔のことをこうして集まって話せるのは、幸せなことでっせ」と語った。

あの優勝から30年――。「三人で話すのは初めて」というレジェンドたち。対談の冒頭、吉田元監督は「昔のことをこうして集まって話せるのは、幸せなことでっせ」と語った。

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Number編集部

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Yoshiyuki Hata

「八十周年」にふさわしい歴史的な会合が、由緒正しき場所で始まろうとしていた。

 数日前には夏の高校野球・甲子園大会も終わり……つまり阪神タイガースの“死のロード”も最終盤を迎えた、とある夕べ。伝説の猛虎の男たちが、JR大阪駅から環状線でひと駅、福島駅前の虎党御用達「ホテル阪神」のVIPルームにひっそりと集結することになっていたのだ。

 14時すぎ、現場でスタンバイしていたNumber885号取材班の緊張は、早くもピークに達していた。なにしろタイガースの長い歴史の中でも、“あの3人”で取材を受けるのは初めてのことなのである。

 その御三方を紹介しておこう。

 まずは1985年に阪神タイガースを21年ぶりのリーグ優勝と球団初の日本一に導いた名将、吉田義男氏。今にいたるまで阪神の日本一はその1回きり、ゆえに多くの虎党に神格化されている存在だ。一方で、「よっさん」の愛称で広く親しまれている人物でもある。

 次に掛布雅之氏。言わずと知れたミスタータイガース。球団を象徴する生え抜きの4番バッターとして、'85年も打ちに打ちまくった。昨年、久方ぶりに縦じまのユニフォームに袖を通し、球団の育成コーチをつとめている。

 そして、岡田彰布氏だ。'85年はクリーンアップ、掛布氏の後の5番を打った。阪神監督としても、勝利の方程式「JFK」の確立に代表される卓越した戦術眼で、'05年にチームをリーグ優勝に導く。以来10年、阪神のリーグ優勝はぴったりと途絶えたままだ。

夢のようなこの企画は実現するのか――。

 本当に、伝説の男たちはあらわれるのか。虎党にとって夢のようなこの企画は実現するのか。現場にいた編集K(阪神ファン)は、14時から京セラドームで始まったばかりの阪神―DeNA戦を携帯でせわしなくチェックしはじめた。「今日、阪神負けたら機嫌わるして来てくれはらへんのとちゃうか……」。名古屋から駆け付けた写真家の秦義之氏は、まさにこれから真剣勝負に挑む格闘家の眼つきで、入念に撮影機材のセッティングをたしかめている。アートディレクターのNは緊張のあまりコーヒーを飲みすぎたのか、泣き顔で部屋とトイレを何度も往復していた。

“ニュース”がもたらされたのは、そんな時だった。

【次ページ】 「上のサウナでよっさんに会うたで!」

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