開幕前は無名だった新人が、大投手を彷彿とさせるフォームで勝利を重ね、
リーグ最多16勝を達成。打者を惑わせてきた投球術の極意に迫った。
リーグ最多16勝を達成。打者を惑わせてきた投球術の極意に迫った。
ナイトゲームはすでに始まっていた。
「げ、今日ライアンじゃん!」
「知ってる? あいつの投げ方すごいんだよ。ほら……」
巨人のレプリカユニフォームを羽織った男性が、ビール片手に座席へと急ぎながらつぶやく。表情は楽しげだ。
「なあ、知ってる? あいつの投げ方すごいんだよ。ほら……」
連れ立った女性がグラウンドに顔を向ける。視線がとらえたのは、遠目にも小柄とわかる投手。高々と振り上げた脚を、今まさに踏み出そうとしている――。
10月8日、東京ドーム。巨人対ヤクルトの一戦は、双方にとってのシーズン最終戦である。ヤクルトの先発マウンドを託されたのは、ルーキーの小川泰弘。試合前の時点で16勝をマークしており、最多勝を確定させていた。
開幕前はほぼ無名だったが、ほどなく「ライアン」のニックネームで話題を呼んだ。往年の大投手ノーラン・ライアンをたしかに想起させる投球フォームは豪快で、観客を喜ばせた。そして、春が過ぎ夏を越えて勝ちを重ねた右腕は、ヤクルト以外のファンにも名指しされる存在になった。ハーラートップを譲らない新人へ向けられる視線の質は、好奇から信頼へとしだいに変わっていった。
140km台前半の速球で勝ち星を積み上げた171cmのエース。
シーズン締めくくりの一戦で、小川は8回2アウトまで巨人打線を3安打に抑え、勝利投手の権利を持って降板した。だが最終回、救援が打ち込まれて逆転サヨナラ負け。
後味の悪さが残る敗戦は、今季のチーム状況を象徴するかのようだった。57勝83敗4分で最下位。だからこそ、小川が稼いだ16勝(4敗)は格別の輝きを放つ。
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photograph by Tadashi Shirasawa