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「ロシアW杯は柴崎岳の大会」となる?
常に一歩先を読んで生きる男の挑戦。

posted2018/04/02 08:00

 
「ロシアW杯は柴崎岳の大会」となる?常に一歩先を読んで生きる男の挑戦。<Number Web> photograph by Takahito Ando

青森山田時代の柴崎岳。高校1年生から背番号「10」をつけ、チームを攻守にわたって牽引し続けていた。

text by

安藤隆人

安藤隆人Takahito Ando

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Takahito Ando

“遠藤保仁の後継者”

 3月27日のキリンチャレンジカップ・日本vs.ウクライナ戦でのこと。スタメン出場を果たした柴崎岳のテレビでの紹介テロップには、そんな言葉が記されていた。

 これを見て、彼がまだ高校2年生の時の、ある発言を思い出した。

「僕は『◯◯に似ている』と言われることがあまり好きではなくて……。高校選手権の時、テレビである人に『リトル遠藤』と言われたんですよ。試合の録画を見たときに、そう言われているのを知って、凄く腹立たしく思いました。遠藤選手のようだと褒められることは光栄なんですが、『リトル遠藤』と呼ばれることは、自分のプレーがまだまだ『柴崎岳』として評価されていないということなんですから。

 やっぱり……僕は『俺は俺だ』と言い切れるプレーヤーにならなければいけないと思うんです」

「誰かが誰かの後継者になることはできない」

 日本代表の中盤を支え続け3回のW杯を経験した遠藤保仁(ガンバ大阪)と、 柴崎は長年にわたって比較されてきた。積極的にゲームを作っていくタイプで、広い視野と的確な状況判断を駆使して、常に冷静沈着にプレーする姿は似ていなくもない。

 しかし、どんなに成長しても、着実にキャリアを積み重ねてもいまだにこの称号からは切り離されない現実もある。

 青森山田高校から鹿島アントラーズに入ってからも、彼はこう主張していた。

「はっきり言って、誰かが誰かの後継者になることはできないんです。僕には僕のプレーがあるし、遠藤さんには遠藤さんのプレーがある。
 遠藤さんは偉大な選手であることは間違いないし、僕に無いものを沢山持っているんですよ。でも……僕が持っているものもあるんです。だから、やっぱり言いたい、『あくまで僕は僕です』って」

 彼のこれまでの苦難の歩みを知るひとりとして言うのだが、柴崎のそんな信念と努力に対して、いつまでも「遠藤保仁」の名前を出してしまうのは、あまりにも安直ではないか……といつも思う。

【次ページ】 昔から、周りに左右されない生き方だった。

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