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広島から去り、戻ってきた2人の男。
黒田博樹と新井貴浩、涙の秘密。
posted2016/09/23 07:00
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Kenji Miura
25年ぶりの優勝を記念して編まれた特集。その巻頭記事は勿論、
広島優勝の最大の立役者、黒田博樹と新井貴浩のスペシャル対談です。
その非常に貴重な対談の場で司会進行を務めた小誌編集部の鈴木忠平が、
記事に書かれなかったエピソードを、特別にウェブ上で公開いたします!
「ああ、この人たちは広島であり、カープそのものなんだな……」
そう思った。9月10日、天井まで赤く染まりそうな東京ドームの歓喜の中で、黒田博樹は仲間と握手し、抱き合っていた。そして、新井貴浩を見つけた。その瞬間、堪えていたものが溢れ出した。
陽性の笑い泣きをたたえていた新井は、切なさのにじむ泣き顔になった。黒田は崩れ落ちながらも、帽子のひさしで顔を覆った。涙など見せまい。すべてが解放され、宙に舞っている瞬間でさえも、エースはエースであろうとした。何かに耐えてきた人にしか流せない涙。それが、広島カープらしかった。
ベンチの裏で泣いていたという広島のエース。
黒田博樹。その名前を強く印象づけられたのは2004年、4月2日のことだった。中日ドラゴンズ対広島カープのセントラルリーグ開幕戦、先発投手を見て、記者席で舌打ちした。
「こんなのありかよ……」
予想は完全に外された。就任1年目の指揮官、落合博満は、肩を壊して3年間も一軍登板のなかった川崎憲次郎を「開幕投手」にしたのだ。試合は広島が5点を先制したが、中日が8点を奪って逆転勝ちした。賭けに出た側が星を拾い、正攻法の側は落としてはならぬ星を落とした。それは、シーズンの結果にそのまま反映した。
ただ、その試合後、胸に強く残ったのは川崎ではなく、広島のエースだった。中日のスタッフが教えてくれた。黒田は7回途中8失点でKOされると、ベンチの裏で泣いていたという。
数日後、「開幕・川崎」というサプライズの理由を落合に聞きに行った。全てを言葉にするのを不粋と考える指揮官は、これだけ言った。
「相手は黒田じゃねえか。最悪を避けたんだよ」
当時、中日のエースだった川上憲伸を開幕にぶつけても、負ける可能性が高い。そうなると、開幕3連敗のリスクが出てくる。それを避けるために、川上をあえて3戦目に起用し、最悪でも1勝2敗という慎重策を採ったのだ。