Sports Graphic NumberBACK NUMBER

<どん底からのリスタート> 錦織圭 「ふたたび世界の舞台で自分らしく」 

text by

吉松忠弘

吉松忠弘Tadahiro Yoshimatsu

PROFILE

photograph byHiromasa Mano

posted2010/11/05 06:00

<どん底からのリスタート> 錦織圭 「ふたたび世界の舞台で自分らしく」<Number Web> photograph by Hiromasa Mano

初出場となった今年の全仏初戦は3-2で逆転勝ち

日本テニス界のホープとして期待された若者は
10代にして栄光と挫折を味わった。
世界トップ50を目前に発症した右ひじの痛み。
手術とリハビリを乗り越えて掴んだ自信と、
復活劇の裏に秘められた葛藤とは。

 ニューヨークは、9月に入っても日本と同じように暑かった。

 肌にまとわり付く熱気が、汗を止めどもなく押し出した。気温35度。13番コートの上は、照り返しで50度近くに達していたという。

 座っているだけで、体中を熱気が覆った。ただ、火照るような高揚感は、決して暑さのためだけではない。どちらに転ぶか分からない死闘が、じりじりとした猛暑に拍車を掛けていた。

 テニスの全米オープン2回戦を戦っていた錦織圭は、頭が朦朧としてきたのを感じていた。第4セットのタイブレーク。これを落としたらセット1-3で敗れる。すでに試合開始から4時間が経過していた。

「4セット目は、もう意識が飛びそうなぐらいの状態でタイブレークを戦っていたんです。これを取っても、まだ1セットあるのかと思うと、さすがに気持ちが切れそうになった。それでも自分をプッシュしてタイブレークを取って、5セット目はどうなってもいいからあきらめずにやろうと。この試合で得た自信はすごく大きかったし、ようやく戻ってきたんだなと感じていました」

4時間59分、大会史上3番目に長い地獄の消耗戦を制す。

 相手のマリン・チリッチ(クロアチア)は第11シード。今年1月の全豪オープンでベスト4に進出し、2月には自己最高の世界ランク9位になっている。'08年3月の米インディアンウエルズの大会で初対戦し、錦織はストレートで敗れていた。

 しかし、この日、地獄の消耗戦を乗り切ったのは錦織だった。気力を振り絞って第4セットを奪うと、最終セットは足が動かなくなったチリッチを大きくリードした。

 最後は錦織のバックのリターンが、きれいにチリッチの脇を抜けた。4時間59分。'68年のオープン化(プロ解禁)以降、大会史上3番目に長い激闘だった。

「チリッチに勝ったことよりも、5セットを戦い終えた充実感があった。気持ちでも体力でも戦えていたので、試合が終わった時は、こうやってテニスができていることが幸せだなと本当に思いました。テニスができない時期が長かったので、それを乗り越えたことで、間違いなく精神的にすごく強くなったと感じています」

 勝利の瞬間、錦織は両手を突き上げた。右手の人さし指は、高らかに天を指していた。息を詰め、観客席で手に汗握っていた両親も、5時間の緊張から、ようやく解放され笑顔を見せた。長期間、テニスができなかった息子を気遣い、励まし、ともに戦ってきた肉親としてのよろこびだった。

「勝ったこともうれしいけど、5時間、元気でプレーできたことが何よりです」

 父・清志さんの率直な気持ちだった。

【次ページ】 松岡修造を抜くのも時間の問題だと思われたが……。

1 2 3 NEXT
1/3ページ
関連キーワード
錦織圭

ページトップ