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白鵬が怖いのは「自分にないもの」。
新横綱・鶴竜の“日本語と人品”。 

text by

藤島大

藤島大Dai Fujishima

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photograph byAFLO SPORT

posted2014/05/08 16:30

白鵬が怖いのは「自分にないもの」。新横綱・鶴竜の“日本語と人品”。<Number Web> photograph by AFLO SPORT

横綱として初めて臨む五月場所は、11日に始まる。白鵬、日馬富士、そして鶴竜の横綱3人体制での新時代が幕を開ける。

 お相撲さんは、日本列島の記憶だ。忘れがたき郷土、校庭の砂場ではしゃいだ友の笑顔、夕焼けの帰り道、そんなあれこれが大男の憎めぬ笑顔やしゃがれた声によみがえる。

 鶴竜力三郎。マンガラジャラブ・アナンダという本名を知らなければ、この71代横綱は、能登半島や津軽の山間の村を駆けた童子、その成長した姿に間違いない。異国からやってきたはずなのに最初からどこか懐かしいのだ。

 横綱は、日本国に生まれ育った老若男女のすべての願いを、その身に引き受けなくてはならない。強くあれ。美しくあれ。そして、ほんのちょっとは弱く、すなわち人間的であれ。まことに難儀である。鶴竜も、同胞の横綱陣への刺客という地位を抜け出し、いまからはその任を果たす。

「君が代はモンゴル国歌になったんです」。武蔵川部屋の元力士という異色の落語家、三遊亭歌武蔵は、高座に巨体を運ぶや、いきなり、そんなマクラで笑わせる。千秋楽の表彰式に日本の国歌が響き、賜杯に歩を進めるのは、ああ、またしても成吉思汗の土地の育んだ者である。そして、このたび隊列に加わった新横綱こそは、列島の記憶をよく呼び寄せ、そこに暮らす民の願望を迎えるにふさわしい。

「正しい日本語」よりも、もっと自然に。

 本年の春場所、初の賜杯を手にしての館内インタビュー、あらためて、この人の日本語の端正さを知り、それが心地よかった。「初めての綱取りのかかる場所で、どんな気持ちで毎日相撲を取ってきたんですか?」。そうアナウンサーに聞かれると、しばらく間をおいて(この沈黙が本当に考えている感じでまたよい)、こう話した。

「毎日、毎日、一番、一番、集中して自分の相撲を取ることだけを考えていました」

 考えてました、ではなく、考えていました。プロのスポーツ選手にありがちな「メディア・トレーニング」の成果としての「正しい日本語」とは異なる。もっと自然。並であるはずもなかろう負けん気を、攻撃性でなく、自分の内側へ向けるような風情もまた、農耕の景色や、いつか見た理想の力士像に重なるのだった。

【次ページ】 鶴竜が発する「一生懸命」の本当さ。

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