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お江戸に彷徨う霊を自転車で追う!?
下町に広がる歴史的名所の“異界”。 

text by

疋田智

疋田智Satoshi Hikita

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photograph bySatoshi Hikita

posted2012/09/30 08:00

お江戸に彷徨う霊を自転車で追う!?下町に広がる歴史的名所の“異界”。<Number Web> photograph by Satoshi Hikita

吉良上野介義央の上屋敷跡の前にて、フォールディングバイクの傑作車ブロンプトンと共に。

 極度に私ごとで恐縮至極ではありますが、なぜか首が回らなくなりまして、と言いましても、借金だの多重債務だのの、シャレにならん経済的な話ではありませんでして、物理的に首が動かなくなった。痛くてね。

 何というのかな、最初は「違和感」だったのだ。

 違和感ってのは、そうだな「うんっ!」と、背筋を伸ばして「ボキボキッ」と鳴りそうだな、と思う、その直前で停まっている、という感じ。

 寝違いの感じに近い、といえば分かり易いだろうか、あの「痛みの直前」とも言うべきはっきりしない……というか、神経とか骨が「本来あるべきとこ」になくて、ボキボキッてのが一発あったらあるべき場所に収まりそうな、治りそうな……、そんな感じだ。

 ところが、実際に「うんっ!」とか「グリグリッ!」とか背中や首を回していたら、違和感が本格的な痛みになって、収拾がつかなくなった。こういうことはあるのだ。お気をつけを。

 というわけで、整形外科に行ってきた。するとレントゲンを撮られて「これは頸椎のヘルニアですな」と言われた。

「まあ程度の軽いヘルニアなんですけど、痛いのは神経が炎症を起こしてしまったからです。これは、無理せずに、じっとして、痛みが治まるのを待つしかありません」

 ということで、ほぼ1カ月の間、私は自転車を取り上げられ(ロードバイクの“背中を丸めて、首だけ立てる”という姿勢がよくないのだそうだ)、極力、首を動かさない生活を続けていた。

 まいった真夏の1カ月。それが過ぎて、しかしながら、まあ、首筋痛はおおまかなところ良くなった。

 結局、自ら「うんっ」だとか「ボキボキッ」とかしようとして、私は自らの首を絞めていたのだ。ちなみにヘルニアという疾病は、手術をしないと治らないわけじゃない。本当は多くの場合、自然治癒が可能だという。

 ま、そんなわけで、あまり長い距離を走らず、あまりアップダウンがなく、ということで今回は両国&錦糸町の界隈なのであります。

 この地域というのは、今現在も「お江戸」の雰囲気を色濃く残すところなんだけど、同時に、色々と怪しい伝説の多いところなのだ。

 たとえば「置いてけぼり」の本当の意味をご存じか? 有名な「本所七不思議」は何がどう不思議なのだろうか……?

地名はふたつの国をつないだ橋から由来する、両国を往く。

最初の両国橋は1661年に架橋され、当時は長さ約200m、幅約8mほどだったという。

 都心から両国へは、道行きが分かりやすい。この地域は、国道14号線(千葉街道)と総武線が並行して走っていて、都心に一直線で繋がっている感がある。

 で、私は皇居を背にし、秋葉原を背にし、ほぼ一直線に総武線沿いを行くわけだ。

 いつの間にやら隅田川。で、両国橋を渡る。

 この「両国」という地名のルーツは、実はこの両国橋そのものである。というのは、まずこの「両国」が、どこの「国」のことを指しているかを考えてみれば分かる。

 正解は「武蔵の国」と「下総の国」のことだ。

 つまり、この橋の西岸が、華のお江戸を擁する武蔵の国であり、東岸が房総に通じる下総の国。

 隅田川で隔てられた2つの国を結んだのが、この“両国”橋ってわけ。だから、両国はもともと地名じゃなかった。橋の名前。

 昭和初期に東岸の本所(現在の両国方面)側が「東両国」つまり「両国橋の東」を名乗るようになり、やがて昭和42年に、東をとって「両国1丁目~4丁目」となったのだそうだ。

【次ページ】 その昔、両国橋のたもとには色々なものが集まってきた。

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