SCORE CARDBACK NUMBER

一流にまた一歩近づいた、
伊藤竜馬の努力と素顔。
~錦織圭の1歳年上の“新星”~ 

text by

秋山英宏

秋山英宏Hidehiro Akiyama

PROFILE

photograph byHiromasa Mano

posted2012/04/24 06:00

3月の京都チャレンジャーを制した伊藤。添田豪らと共に、1歳年下の錦織の背中を追う。

3月の京都チャレンジャーを制した伊藤。添田豪らと共に、1歳年下の錦織の背中を追う。

 3月19日付けの世界ランキングで伊藤竜馬は94位となり、100位の壁を初めて破った。京都チャレンジャーで初優勝し、一気に11人を抜き去ったのだ。2桁のランキングは海外では一流選手の証。18歳でツアー初優勝した錦織圭のような一大飛躍はなかったが、着実に力をつけ、'06年12月のプロ転向から約5年かけて、この地位に到達した。

 名前の「竜馬」は、坂本龍馬にあやかろうと両親が名付けた。ただ、平成のテニスプレーヤーは「たつま」と読ませる。本人もTVアニメで見た龍馬に憧れ、その主人公のように「いつも明るく、人には優しく、なおかつ強い」テニス選手になりたいという。

 もともと天才肌の選手ではない。ストロークは破壊力があるが、ゲーム運びはやや一本調子で、サーブやボレーはまだ開発途上だ。しかし、荒削りな部分にこそ彼の努力の跡が残されているように思う。コーチの言葉をよく聞き、地道に技術を磨き続けた結果なのだ。

NY観光でも、自由の女神ではなく同世代のライバルの試合を観戦。

 手元に、小学生の頃の彼をコートで撮影した写真がある。小柄で坊主頭の素朴な少年だ。今では180cmの堂々たる体躯だが、ひたむきさはこの頃から変わらぬ彼の長所だ。

 長尾谷高校3年の時、春の全国選抜高校大会で個人戦を制した伊藤は、主催者推薦を得て全米ジュニアに出場、予選を勝ち抜いて本戦に進んだ。結局2回戦で敗れたが、その翌日、彼は一人、会場にやってきた。引率の先生たちと他の選手は、この遠征で恒例となっているニューヨーク観光に出かけたが、彼が見たかったのは自由の女神ではなく、同世代のライバルたちの試合だったのだ。

 この1月には、全豪オープンで四大大会初勝利を挙げた。しかし、2回戦では先行しながら詰めを誤り、逆転負けを喫した。

「今日は龍馬になれず、竜馬のままでした」

 試合後の反省の弁だ。こんな試合をして龍馬を名乗るのはおこがましいというわけだ。それでも彼は明るさを失っていなかった。率直に力不足を認め、また前を向く。彼は、坊主頭の頃から、いつもそうやってテニスというスポーツに取り組んできたのだ。

 今のランキングを維持すれば、四大大会は本戦から出場できる。晴れ舞台で大きくはばたく竜馬を見てみたい。

関連コラム

ページトップ