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アンドレス・イニエスタ 「青白きテクニシャン」 

text by

横井伸幸

横井伸幸Nobuyuki Yokoi

PROFILE

posted2007/07/26 23:55

 サッカーの上手い・下手に見栄えは関係ない。優れた選手がカッコイイとは限らない。

 わかってはいるけれど、アップで見るたび違和感を覚えるのがアンドレス・イニエスタである。

 背はそれほど高くない。体格は、ここ数年かなりがっしりしてきたけれど、遠目には普通。で、肝心の顔はというと、基本的には童顔だが、そこに最近大人の趣が加わって何やら妙なことに──と、これだけなら「男前ではない」で済むのだが、イニエスタは白い。年がら年中、青白いのだ。太陽の国スペインのジリジリ焼け付く日差しをいっぱいに浴びても、それはまったく変わらない。一般的なサッカーファンが選手の外観を話題にすることは滅多にないこの国で、バルセロナを応援する若者たちはこんな歌を歌っていた。

 「アンドレス・イニエスタ~、もっと黒くなれ~、日焼けしろ~」

 つまるところ、イニエスタはおよそスポーツマンらしからぬ風貌をしている。

 性格も非常に真面目で大人しく、それがまた表に滲み出ているので、私服(当然、地味)のときなど、世界のトップアスリートどころか、そこらの文化系のお兄ちゃんといった印象を受ける。クラスに男子が20人いたら、15人目以降に思い出される影の薄いタイプ。あまりにもアクが弱いので、たとえユニフォーム姿になっても、彼を知らない人には「せいぜい2部の、大したことない選手」と映るのではないだろうか。

 そんなとき、「アイツは今スペインで最高の評価を受けている1人だよ」と教えてやったら、さぞ驚くに違いない。

 2005年からこちらの“スペイン人ベストイレブン”を選ぶとしたら、イニエスタの名前は間違いなく入るだろう。

 '05-'06シーズン、ケガをしたシャビの穴を埋める形でバルセロナの試合に出続けたイニエスタは、あのグアルディオラが舌を巻いたなど、下位カテゴリー時代の噂がデマでないことをピッチの上で証明し、ルイス・アラゴネス代表監督を感服させ、ドイツワールドカップ前にフル代表入りを果たした。

 あいにくドイツではセスクに出番を奪われベンチに座り続けたものの、'06-'07シーズンに入ってからはレギュラーポジションを確保し、今では攻撃の核にまでなっている。今年2月の親善試合イングランド戦と、3月の欧州選手権予選アイスランド戦で決めたゴールは“代表にイニエスタあり”を印象づける強烈なものだった。

 イニエスタは本当に巧い。なので、彼を褒め称える声が、東から西から、ひっきりなしに聞こえてくるのは何ら不思議ではないのだが、その中に同僚からの賛辞が多く含まれているのはちょっと珍しい。これまで開けっ広げにイニエスタを賞賛したのはロナウジーニョにエトー、テュラム、グジョンセン……。全員それぞれの国の代表である。凄い選手は見慣れているはずなのに、初めてイニエスタを見たとき、皆その巧さに脱帽している。バルセロナのオレゲールに至っては、実質世界一を意味するバロンドール賞を引き合いに出し、「選手としての質だけでいうなら、いつ受賞してもおかしくはない」と口にしたが、これを身内の過大評価と思うなかれ。地元の記者の間でも「バロンドール賞を狙える選手が遂にスペインに現れた」と囁かれている。

 もっとも実際は、そう簡単にはいかないだろう。アピールの少ないルックスや「チームのため」を片時も忘れない優等生ぶりは、メディア受けするものではないので、あの手の賞には不利。世界的なスターにつきものの、大規模な広告契約の話も来そうにない。しかし、欧州トップレベルのスペインサッカー界で、イニエスタがトップレベルにあるのは紛れもない事実である。一度試合を見て欲しい。ウソでないことがわかるから。

アンドレス・イニエスタ
バルセロナ

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