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阿部勇樹 キャプテンはまだ泣けない。 

text by

佐藤俊

佐藤俊Shun Sato

PROFILE

posted2005/11/24 00:00

 11月5日、ヤマザキナビスコカップ優勝杯を掲げ、ビクトリーランで土砂降りのような祝福の拍手を浴びた後、ミックスゾーンを通りすぎる阿部勇樹は喜びを噛み締めるように、ポツリと言った。

 「早く一人になって、泣きてぇ」

 そして、小さく囁いた。

 「ここまで、いろいろあったんで……」

 阿部がトップ昇格した'98年前後のジェフの成績はドン底だった。'97年から3年連続での残留争い。屋台骨を支えてきた仲間──山口智、城彰二、酒井友之、佐藤寿人、武藤真一ら──は次々とチームを去っていった。

 「僕は智さんや酒井さんの背中を見て、ジェフ・ユースから上がってきたんです。他にもいい先輩がたくさんいた。そういうジェフのカラーが好きだったんですけど、トップに上がると残留争いばかり。人もどんどんいなくなる。どうなっちゃうんだ、ウチのチームはって、すごく危機感を感じていた」

 しかし、'03年、転機が訪れた。

 ジェフのチーム改革3年目の切札としてイビチャ・オシムが監督に招聘され、弱冠21歳の阿部がキャプテンに抜擢されたのである。人前に出ることが苦手、つまりシャイな性格の阿部にとって、キャプテンは「最も苦手」な仕事だった。だが、固辞することなどできるはずもなく、しぶしぶ引き受けることになった。

 「最初は、キャプテンとして何もできなかった。高校3年から試合に出るようになって、自分は自分のことだけやればいい、あとは先輩がやってくれるという考えがプロに入ってからも抜けなかったんです。高校の時とかは名前を呼ばれたら速攻でボール出さないといけないって思ってました。そんなんだから、上の人には指示とかも言えなかった。遠慮というか甘えてましたね。でも、昨年ぐらいから自分らしく気にせずやろう。自分がやらなきゃって思うようになった。少しずつ気持ちが前向きに変わっていったんです」

 今シーズンに入ってからの阿部の言動には大きな変化が見られた。以前は嫌がって逃げていた試合後の囲み会見もしっかりと対応するようになった。コメントもチームをより意識したものが増えた。おとなしいチームにあって、試合では常に声を出し、要求し、サボる選手には遠慮せず怒鳴った。順位が落ち込んだ時も決して諦めず、「タイトル」を獲得することを公言し続けた。

 「多少、自信がついたんだと思う」

 阿部は、そう言った。

シーズン始めに心に誓った。

 

 

今年は絶対にやってやる。

 「オシムの1年目は、最後まで優勝争いをしたけどあまり実感がなかった。2年目は、優勝を意識したけど、逆にプレッシャーを感じてうまくいかなかった。不甲斐ない負けでサポーターに頭を下げたこともあったし、ほんと悔しい思いをした。今年も最初は茶野さんや村井さんが抜けたし、オシムも監督を続けるのかなぁって微妙な感じだったんです。でも、続投が決まってチームは盛り上がったし、主力が抜けた穴を全員で埋めようという意識が出てきた。僕自身も、主力選手がいなくなっても監督を続けるというのは、オシムが何かを決意したからだと思ったし、またキャプテンに選ばれたんで、その期待に応えたいとも思った。一時期、順位が下がった時はやばいかなぁって思うこともあったけど、やってやるという強い気持ちだけは失わなかった」

 阿部の「やってやる」という意識は、今シーズンの結果となって表れている。ボランチながら今季はすでに9ゴールを挙げた。しかも試合を決めるゴールが増えている。また、守備では「阿部は相手の中心選手をしっかりマークしてくれるし、ストヤノフが上がった時には最終ラインに入ってくれる。守備はすごく助かっている」と、DF斎藤大輔が言うように相手のキーマンを潰すなど、火消しの役割を率先して引き受けている。

 「阿部の存在感は大きくなりましたね。もう、阿部抜きのチームは考えられないです」

 選手会長の坂本將貴はそう言った。

 人間的な成長と豊富な練習量に裏付けられた自分たちのサッカーへの自信。そして、指揮官への信頼。不安な要素は一片もなく、気持ちは静かに昂ぶっていった。試合の3日前には髪を切りに行った。髪を切った後の試合は負けていない。軽くゲンも担いで、決戦前の準備は整った。

 しかし、ガンバ大阪とのナビスコカップ決勝戦は、序盤から苦戦を強いられた。

 ガンバ大阪は二川孝広が復帰し、ベンチスタートの宮本恒靖を除けば、ほぼベストメンバーだった。一方、ジェフは、FWハースが出場停止処分となり、巻誠一郎の1トップ、羽生直剛とポペスクの2シャドーというシステムだった。ジェフは、2トップで相手にプレッシャーを掛け、彼らと連動して中盤が高いポジションでボールを奪うプレッシングサッカーが真骨頂であり、トップにくさびを当てFWがサポートして素早く攻めるというのが攻撃のひとつの型だった。だが、巻の1トップだけではプレスは望めず、彼の近くにいるはずの羽生とポペスクも外に開くことが多かった。トップと最終ラインの距離が広がり、巻は完全に孤立。その中盤のスペースをフェルナンジーニョらに使われ、ジェフの最終ラインはズルズルと後退させられたのである。

 「試合の入り方は悪くなかったけど、いつものジェフのイメージのサッカーが出来ていなかったんで、苦しい時間が続いた」

 阿部は、影のようにフェルナンジーニョに付いて回った。時にはフェイントで体勢を崩され、振り切られてチャンスを作られるシーンもあった。それでも必死に食らい付いて回ったのは、フェルナンジーニョとアラウージョのホットラインを遮断するためだった。

 「フェルナンジーニョに付いたのはオシムから言われたからじゃないです。ポジション的に僕が見るのが当然だし、リーグ戦で対戦した時も彼が下がっても付いていってくれと最終ラインから言われていたから。データを見るとフェルナンジーニョとアラウージョのコンビでチャンスを作り、点を取っている。そこのラインを切れば脅威は少なくなるし、大黒さんも孤立する。あとフェルナンジーニョと遠藤さんが攻撃の起点になっているんで、ひとつでもパスの出所を潰せば攻撃力は半減する。リーグ戦でやった時はコンパクトにプレー出来ていたんで、うまく挟みこんで対応できた。けど、今回はスペースがあったんで、かなりやっかいでした」

 後半に入るに当たって、阿部はまず攻撃にメスを入れた。シャドーの2人のうち1人は必ず巻の近くでプレーするように徹底させた。すると、少しずつボールが回り、チャンスも作れるようになっていった。一方、阿部自身は後半もあまり前に出ることもなく、相手の攻撃の芽を潰す役割に徹した。お互いに攻撃力はあるが、打ち合いになるのは本意ではない。相手をゼロに抑えて、先に1点を取りさえすれば守りには自信があった。

 「ズッと失点しないことを第一に考えていたんで、0-0で延長でも悪くない、延長になれば1点はもぎ取れると思っていました」

 延長戦に入っても阿部のマークがブレることはなかった。むしろ90分間、タイトにディフェンスをし続けたことによって、延長でも緊張感は持続されていた。打たれた22本のシュートをギリギリで凌げたのは、ボール際に厳しく行く感覚が、体を張ることで喚起され続けたからだった。

 延長戦の後半、フェルナンジーニョはピッチから消えた。阿部も厳しい守備の代償を払った。試合前から違和感を感じていた左足をかばってプレーしていたために右足がつり、痛みを生じた。阿部の足は、120分間の死闘で悲鳴を上げていたのである。

 「正直、キツかった。足がつることなんて、普通ないんで。90分間で決着を付けられなかったのは、まぁ仕方ない。あれだけシュートを打たれてゼロっていうのは、運もあったと思う。PK戦は……みんなしんどかったはずなのに。始まる前とかけっこう笑っていたんですよ。ラクにいこうぜって感じで。しかも、運よくジェフのサポーターのいるゴール前でやることになったんで、気持ち的には有利にPK戦に入れた」

 PK戦は、ガンバが先攻だったがGK立石智紀が1人目の遠藤を止めた。盛り上がるジェフのサポーターの前で、いちばん最初にPKの準備をしたのは阿部だった。

 「遠藤さんが外したんで、これは決めないといけないっていうプレッシャーがかなりありましたね。自分が決めたらリードできるし、後から蹴るみんなも少しはラクになる。ガンバにとっては次は絶対に決めないといけないというプレッシャーがかかる。だから緊張はあった。でもボールをセットするまでの間、歩きながらジェフのサポーターを見ていたら、なんかすごくリラックスできたんですよ」

 阿部は、GKの動きを見て右に決めた。

 5人目の巻が決めた時のことは、あまり覚えていない。気が付いたら誰かに飛び付いていて、誰ともなく抱き合っていた。羽生が男泣きし、その姿を見て、もらい泣きしそうになった。だが、結城耕造が人目もはばからず号泣しているのが目に入ると、今度は笑いが込み上げてきた。

 ロッカールームに入る手前で、オシム監督と握手した。いつもは手に触れるだけのような握手なのだが、この日は違った。阿部が力強く握り締めた手に応えるようにグッと力を入れて返してくれた。優勝しても何も言われなかったが、その握手だけで阿部はオシムの気持ちを理解することができた。

 「優勝できて、まずホッとしました。でも、すぐにまた優勝を味わいたい。また、優勝したいって思ったんです。たぶん、今回、勝てなかったらこんな気持ちにはなれなかったと思うんですよ。この勝利には、それが分かったことにも価値があると思う」

 オシム監督は、市原臨海競技場での優勝報告会で、「まだリーグ戦があるから」と挨拶を控えた。記者会見でも「カップ戦の勝利よりもリーグ戦の2位、3位の方が価値がある」と、達成感で選手の気持ちが落ちないように手綱を引き締めた。選手たちも喜びに浸ったのは試合後の2日間だけだった。

 「やっぱりリーグ戦の方が大事ですから」

 阿部は、すでに気持ちを切り替えていた。

リーグ制覇を成し遂げて、

 

 

今度こそオシムの胴上げを。

 「これからリーグ戦を戦う上でナビスコを獲れたことは大きい。負けていたらリーグ戦の残り試合にけっこう影響したと思うんです。でも、勝ったことで勢いがついた。ガンバとはもう1回リーグ戦で当たるけど、勝てたことで次も気持ちよく戦える。逆にガンバにとってはイヤな感じになると思うんで、PK戦でも勝てて本当によかった。リーグ戦の残り試合、上位との試合がけっこうあるんですよね。過去、終盤戦は上位との対戦があんまりなくて、残留争いするチームとの試合が多かったんです。それはそれでけっこうキツイもんがありましたけどね。でも、今回はガンバと浦和との直接対決が残っている。これからが楽しみですよ、マジで」

 優勝を賭けた残り数試合を「楽しみ」と阿部は笑った。それもまた、優勝を経験したからこそ言える言葉だろう。

 悲願であるリーグ制覇を成し遂げた時、阿部にはどうしてもやりたいことがあるという。

 「ナビスコ優勝の時、胴上げしたいって言ったら本気で拒否された。でも、リーグ戦で優勝したらオシムも快く胴上げをさせてくれると思うんで、ぜひやりたいっすね」

 ホームスタジアムで191cm、100kgのオシムの巨体が宙に舞う。ナビスコ優勝では泣けなかったが、もう一度、優勝して泣く。

 願いは、叶うだろうか。

阿部勇樹
ジェフユナイテッド千葉

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