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原辰徳に導かれた大田泰示の野球人生。 

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永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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posted2009/01/29 00:00

 新入団選手に対する球団の期待度の高さを示すのが、背番号と合宿所の部屋番号である。ドラフト1位で巨人に入団した東海大相模高の大田泰示も、大きな期待を背負って入団したひとりだろう。松井秀喜(現・ヤンキース)の背番号55と、彼が入団後2年間を過ごした合宿所の部屋を与えられたのだ。

 広島県福山市の城南中時代、評論家をしていた原辰徳の野球教室に参加したことが、プロ野球選手を目指すきっかけになった。「辰徳さんにいいスイングをしていると褒められ、母校である東海大相模に入学を決めた」と言う。

 東海大相模に進学後、1年生の秋から4番・サードでスタメンに定着。東海大系列野球部総監督の原貢(原辰徳巨人監督の実父)は4番という重責に悩み、結果を残せない大田に「高校生にスランプはない。打てないのは実力がないからだ」と徹底して素振りをさせたこともあったと言う。その結果が高校通算65本塁打となって表れたのである。

 高校3年時の夏の甲子園予選では、大会記録となる5本塁打を放つなど活躍を見せた。決勝戦では慶應高と4時間20分の死闘を繰り広げたが、惜しくも敗退し、結局一度も甲子園出場を果すことはできなかった。それだけにプロ生活にかける思いは誰よりも強いのである。

 原貢も「息子とはタイプが違うが、ボールを飛ばす力は大田のほうがずっと上。体が丈夫で、大きな故障をしたことがないのもいい」と伸びシロがあることを強調している。「時間をかけてじっくりと鍛え上げ、生え抜きの三塁手として育てる。松井よりもバランスのとれた体型だし楽しみな素材だね」と岡崎郁二軍監督も話している。

 新人合同自主トレに参加した大田は、「ここで始まって、ここで終わると思う」と生涯巨人軍を貫くことを宣言している。原辰徳に憧れて野球に打ち込むようになった大田が、原辰徳によって意中の球団に入る。「ちょっとできすぎかな、という気もするけれど、これも縁だから」と笑う原辰徳。ソフトバンクと競合の末獲得した新人に、目を細めていた。

 巨人にとって、久しぶりに抽選で獲得した大物新人。坂本勇人との生え抜き三遊間コンビが一人前になった時、巨人の黄金時代が再び到来するのだろう。

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