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女王エナンはなぜ今、引退を決断したのか。 

text by

吉松忠弘

吉松忠弘Tadahiro Yoshimatsu

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photograph byHiromasa Mano

posted2008/06/12 00:00

女王エナンはなぜ今、引退を決断したのか。<Number Web> photograph by Hiromasa Mano

 ジュスティーヌ・エナンの引退には、さすがに驚いた。あまりにも唐突というか、引退の時期として中途半端すぎて、外電で一報を聞いたときは、今季いっぱいか、まだ先の話かと思ったほどである。しかし、エナンは、母国ベルギーにある自分が経営するテニスクラブで5月14日に会見を開き、「すばらしい(テニスという)冒険は終わった。これ以上、テニスで望むことはない」と、その日限りでの引退を発表した。

 我々が気がついていなかっただけで、彼女は半年前から考え始めていたという。昨年11月のツアー最終戦で優勝を飾ったにもかかわらず、「その時以来、テニスへの情熱を感じなくなった」というのだ。昨年は全仏、全米を制し、世界1位で、最終戦にも優勝という最高の1年だっただけに、簡単には信じられない。彼女の中で、何が大きく変化したのだろう。

 エナンは、何かを振り払うかのようにテニスにのめり込むタイプの選手だった。全身を使った強烈なストロークが武器だったが、167cmと小柄で、どちらかというと気持ちでプレーしていたように思う。幼少時代から苦労を重ねて、現在の地位にまで上り詰めた。

 12歳の時に母親ががんで他界すると、その後、父親とは折り合いが悪くなり絶縁状態に。すべてを忘れるためにテニスに打ち込んだ思いが、女王となった今でも抜けなかったのだろう。ときおりコート上で見せる悲壮感は、彼女の人生の背景を考えれば納得できた。

 しかし、昨年の全仏で、和解した父親を初めて会場に呼び寄せた。その前で1セットも落とさない完勝で優勝を遂げた。「この優勝を母に捧げたい」。4度目の全仏制覇に家族との和解。この時に、エナンの中では、人生でひとつの区切りがついたのかもしれない。「二度と昨年のような感激を味わえることはないだろう」。今年、全仏でプレーすることは、結果はともあれ、昨年の思い出を塗り替えることになる。それだけはしたくなかったに違いない。だからこそ、大好きな全仏を前に引退を決め、テニス界から去ったのだ。ライバルだったクライシュテルスも'07年5月に引退し、今年の2月に娘が生まれた。女子テニスに一時代を築いたベルギーの二人は、新たな第2の人生を歩み始めている。

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