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北京五輪をあきらめた森上の勇気ある決断。 

text by

吉松忠弘

吉松忠弘Tadahiro Yoshimatsu

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photograph byHiromasa Mano

posted2008/07/10 00:00

北京五輪をあきらめた森上の勇気ある決断。<Number Web> photograph by Hiromasa Mano

 森上亜希子が、左ひざのケガで、ウィンブルドン欠場、北京五輪の推薦枠申請辞退を表明した。6月9日時点の世界ランクで自力での五輪出場権を得られなかったため、森上には推薦枠での出場しか残されていなかった。その最後のチャンスを自ら放棄するつらい決断だった。「プレーできないことはないかもしれない。しかし、間違いなく100%では無理。それは選手として失礼だと思う」。最古の歴史を誇るウィンブルドンだろうが、日本中が注目する五輪だろうが、選手の体に勝るものなどありはしない。2大会をあきらめるのに、どれだけ葛藤があったか知っていただけに、苦渋の決断を下したことに敬意を表したい。

 テニス界では、四大大会ではなく五輪を重視する国内の風潮に異を唱える人も多い。確かに、ウィンブルドンを五輪前哨戦ぐらいにしか認識しない人がいるのには閉口する。しかし、四大大会が五輪より大事だとステロタイプのように叫ぶのも芸がない。'88年ソウル五輪で正式競技に復帰して以来、テニス界での五輪の立ち位置は徐々に変化している。当初は、格下の大会と見る向きもあったが、現在では、五輪へ意欲を燃やす選手も多い。つまり、個々の選手で思いは異なり、森上にとっては今年最大の目標が、北京五輪への出場だったということだ。それを誰もとがめることはできない。

 全仏期間中に、ダブルスに敗れた会見で「あるコーチから『あまり勝ってほしくないんだよね』と言われた」と発言したことが、とんでもない騒ぎに飛び火した。五輪出場を目指すペアの中村藍子が、翌週の大会に出場しなくてはならないため意図的に負けたと憶測された。森上本人は会見で「オリンピックのオの字も言っていない」と話すが、真実のように報じられ、現在、ツアーで問題視されている八百長疑惑にまで結びつけられた。コーチの発言は理由を問わず遺憾だが、この国の五輪狂想曲を象徴するかのような出来事だった。

 左ひざのケガは膝蓋骨(お皿)が外側にずれ、軟骨も消耗で60%が破損していた。7月1日に手術が終了するが、担当医には復帰まで半年かかると言われている。公傷制度を利用し、世界ランクは73位を維持できる。つらい決断だっただけに、半年後の復帰を願わずにいられない。

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