アジアカップでの激闘を終えて、日本代表のキャプテン長谷部誠が戻って来たチームは、大混乱に陥っていた。
今季前半戦までキャプテンを務めていたジェコは、マンチェスター・シティへ移籍し、代わりにヘルメスやポラクなど新たに6人がチームに加わった。
そんな中で迎えた2月5日のハノーファーとのニーダーザクセン・ダービーでは0-1で敗れて、2日後マクラーレン監督は解任。ブンデスリーガ史上初めてイングランド出身の監督を招聘したヴォルフスブルクの挑戦は、あっけなく終わりを告げることになった。しばらくの間は、コーチを務めていたリトバルスキーが指揮をとるという。
実は、ハノーファー戦で監督解任の引き金となったシーンがある。0-1で迎えた後半35分に、ペナルティエリアでMFジエゴが倒された場面だ。
コーチ兼通訳のリトバルスキーは、新加入のFWヘルメスにキッカーを務めるように監督からの指示をピッチ上の選手たちに伝えた。ジエゴは今季すでに3度もPKを失敗している。一方の、ヘルメスは今季途中まで所属していたレバークーゼンでFKのキッカーを任されることもあり、シュートの上手さには定評がある。
ジエゴがボールをセットしようとしたところで、指示を受けたヘルメスがキッカーを譲るよう求めたが、ジエゴは譲らない。コーチのリトバルスキーがタッチライン際まで駆け寄り、大声で叫んでいたが効果はなし。そのままジエゴがPKを蹴ってしまった。
果たしてシュートはクロスバーを直撃。ジエゴの今季4度目のPK失敗で同点のチャンスを逃したヴォルフスブルクは、0-1とリードを許したままに試合終了のホイッスルを聞くことになった。
マクラーレン監督が重視したのは規律ではなく結果だけだった!?
妙だったのはマクラーレン監督のその時の振る舞いだ。
ジエゴがPKを蹴るまでは静観を決め込んでいたのに、PKが外れてから騒ぎ始めた。つまり、彼が動いたのは結果を受けてから。チームの約束事を守らせようと動いていたのではないのだ。
試合が終了すると、監督やコーチ、選手たちは真っ先にロッカールームへ向かった。怪我でスタンドから観戦していたリーターも慌ただしくスタンドを降りて、ロッカールームへ駆け込む異常事態だった。ロッカールームでは、監督やコーチをも巻き込んで、激しい口論となったという。
2日後、マクラーレン監督の解任が発表されても、もはや驚くものはほとんどいなかった。
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