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神野大地は坂道が得意じゃなかった?
“山の神”の最大の武器は「我慢する力」。

posted2017/03/24 11:00

 

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NumberDo編集部

NumberDo編集部Number Do

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Raita Yamamoto

「もともと僕は、坂道が嫌いだったんです。高校の時も坂道ダッシュの練習ではチームで一番遅いくらいでしたし……」

 NumberDoのランニング特集(「RUNの“伸びしろ”きっと見つかる!」)のために「坂道の上り方」を伝授してもらおうとコニカミノルタの神野大地を訪ねたところ、彼は意外なことを口にした。

 青山学院大学時代、“3代目・山の神”として箱根駅伝5区の延々と続く上り坂をすいすいと上っていく神野の姿は駅伝ファンならずとも記憶に残っているだろう。

 165cm、45kgの身軽な体と、対照的な大腿四頭筋、ハムストリングの隆起する筋肉。さぞかし、「上り坂」の才能があったのだろうと踏んでいたのだが、どうやらそれは思い違いだったようだ。

「ずっと才能がないと思ってやってきた」

 では、なぜあの驚異的な区間新記録を叩きだすことができたのか?

 神野が自身の“適性”に気がついたのは、青学3年時の11月のことだった。

「その時に全然スピードが出ないな、これじゃあタイムは相当悪いなと感じながら坂道を上っていたんです。そうしたら、すごくタイムがよかった。進んでいないと思ったら、実は(他の人と比べて)進んでいたんですね。

 坂道では平地よりタイムが落ちるのは当たり前。特に、箱根の坂の場合は1kmあたり30秒から1分近く遅いペースになるんです。そこでスピードが上がらないからといってリズムを崩したり、きついからといって気持ちが折れてしまったら、平地以上にガクンとタイムが落ちてしまいます。

 自分は坂道ダッシュでは一番になれないかもしれませんが、“このペース”であればきつい坂道を我慢強く、粘りながら上り切ることができる。その意味では、自分には箱根の坂は“向いていた”のだと思います」

 我慢する力と粘り切る力――自身の“適性”に気がついた神野は、箱根の上り坂を制するためのトレーニングにも積極的に取り組んだ。その後の活躍はここに記すまでもないだろう。

 だが、あらためて彼の経歴を聞くと、今さらながらに驚かされる。

 神野曰く「自分は走り始めたときから、ずっと才能がないと思ってやってきた」。陸上を始めた中学時代の3000m自己ベストは10分台、1500mでも5分を切ったことはなかったという。校内では“速い方”かもしれないが、トップランナーを目指すには、確かにこの時点では平凡すぎる記録だ。

 だからこそ、「みんなより努力しなければならない。何かをプラスして練習する。そう自らに課して努力をしてきた。その努力が積み重なって、結果につながり、気持ちも強くなってきたのかなと思います」。

【次ページ】 “平地”に戻った“山の神”、最近の調子は?

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