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ミシャと11年歩んだ通訳兼コーチ。
杉浦大輔が語る名将の涙と戴冠。

posted2016/10/21 11:00

 
ミシャと11年歩んだ通訳兼コーチ。杉浦大輔が語る名将の涙と戴冠。<Number Web> photograph by J.LEAGUE.PHOTOS

杉浦大輔コーチとミハイロ・ペトロヴィッチ監督。ついに掴んだタイトルは、浦和が一気に突き抜けるきっかけになるかもしれない。

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轡田哲朗

轡田哲朗Tetsuro Kutsuwada

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 名将に唯一にして絶対的に欠けていた「タイトル」という勲章――。それが手に入った瞬間が、15日のルヴァン杯決勝戦だった。

 浦和レッズのミハイロ・ペトロヴィッチ監督は、2006年にサンフレッチェ広島の監督として来日して以来、11シーズン目にして念願の主要タイトルに手が届いた。

 “ミシャ”の愛称で慕われる名将と11シーズンの間、片時もその横を離れずに戦ってきたのが、浦和で通訳兼コーチを務める杉浦大輔だ。今や「ミシャが何を言いたいか、どういうことを考えているかがその日の雰囲気で分かるんです」というほどの信頼関係がある。杉浦コーチは自身にとっても初のタイトルとなるPK戦の末に手にした勝利の瞬間を「やっと、ようやく、取れたタイトルなんで本当に感無量ですね」と感慨深げに、少し遠くを見るように振り返った。

 ミシャと杉浦コーチが浦和にやってきたのは、2012年シーズンが始まる前だった。ミシャが日本に来た2006年、浦和がリーグ優勝を決める光景を見て「いつか浦和を指揮してみたいと思っていた」と話したことがある。しかし2011年に残留争いの末、辛くもJ1に残留したその浦和のチーム力は、想像していたものを大きく下回っていた。

「ダイスケ、パスが3本もつながらないぞ。私たちはどこに来てしまったんだ」

 浦和でのトレーニングキャンプ初日が終わり、宿舎への帰り道でミシャはこうつぶやき、頭を抱えたという。だがそれと同じくらい、「積み重ねていけば大丈夫だ」と言った言葉も印象的だと杉浦コーチは話した。それ以来、浦和のチーム力を伸ばすためにミシャと杉浦コーチは二人三脚で力を合わせてきた。

「勝負弱い」という言葉が2人の耳にも届いた。

 それ以来、翌'13年シーズンにはヤマザキナビスコ杯(現ルヴァン杯)で決勝に進出し、'14年シーズンにはリーグ優勝まであと1勝、というところまでいった。'15年シーズンにはチャンピオンシップに進出し、天皇杯でも決勝を戦った。少なくとも、「パスが3本もつながらなかった」浦和が、タイトル争いに常に顔を出すところまでチーム力を充実させてきたのは事実だ。就任した'12年シーズン以来、リーグ戦の年間順位を並べるだけでも3位、6位、2位、2位だ。その功績は決して小さくない。

 だが、タイトルの懸かったゲームで、ミシャ率いる浦和がことごとく敗れてきたことが、功績以上に大きくクローズアップされてきた。「勝負弱い、シルバーコレクター」という言葉も、ミシャと杉浦コーチの耳には自然と入ってきていたという。

 だからこそ、ミシャ自身にも自己変革が求められていた。間近で見てきた杉浦コーチには、その変化が感じ取れたのだという。そして、その変化を求める姿勢こそがミシャの監督としての力量なのではないかと話した。

【次ページ】 ミシャのサッカーには「完成形」がない。

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