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フロンターレ史上初の日本人10番。
大島僚太が五輪とJの総取りを狙う。

posted2016/01/22 11:30

 
マークを自力ではがし、強烈なミドルを叩き込んだ大島僚太。遠藤航との中盤コンビはU-23のまさに心臓だ。

マークを自力ではがし、強烈なミドルを叩き込んだ大島僚太。遠藤航との中盤コンビはU-23のまさに心臓だ。

text by

飯尾篤史

飯尾篤史Atsushi Iio

PROFILE

photograph by

Takuya Sugiyama

 1月17日に洗足学園音楽大学「前田ホール」で行なわれた川崎フロンターレの新体制発表会。招待された約1000人のサポーターが固唾を飲んで見守るなか、中央のスクリーンに新シーズンの背番号が1番から順に映し出されていく。

 23番を付けていた登里享平が2番を、新加入の森本貴幸が9番を背負うことが発表されていくなかで、会場がひと際大きく沸いたのが、背番号10が発表された瞬間だった。

 背番号10、大島僚太――。

「まさか」という驚きと、「ついに」という期待が交錯した大きなどよめきがホールに響く。

 そのとき、クラブのレジェンド、ジュニーニョが背負っていた「フロンターレ栄光の10番」を託された男は、カタールのドーハにいた。U-23日本代表の一員として、リオ五輪アジア最終予選に出場しているためだ。

「ためらいですか? めっちゃありましたよ、本当に。でも以前、別の番号を提案されたときはすぐに違うなって思ったんですけど、今回話が来たときは真剣に悩みましたね」

 サウジアラビアとのグループステージ第3戦を翌日に控えたミックスゾーンの片隅で、大島が心境を明かす。

「(中村)憲剛さんに相談したんです。そうしたら『たしかに“らしく”ないけど、チャレンジしてみるのもいいんじゃない?』って言われて。僕は(大久保)嘉人さんが10番を付けるべきなんじゃないかと思っていて、嘉人さんとも話したんですけど、背中を押されたというか」

プロ3年目に「憧れの人」から引き継いだ16番。

 大島が背番号を変えるのは、これが2度目のことになる。

 1度目はプロ3年目を迎える2013シーズンの前。新人の頃から2年間背負った30番から16番への変更だった。

 前任者の楠神順平(現サガン鳥栖)は高校選手権において「セクシーフットボール」で旋風を巻き起こした野洲高の出身で、現在スペインで活躍する乾貴士も「憧れだった」と明言するテクニシャン。大島も目標にしていた選手だった。

「クスくんが移籍するとき、クラブから『どうする?』って言われて、最初は変えたくなかったんですけど、クスくんは憧れの存在だったので、付けさせてもらおうかなって」

【次ページ】 個人ではなく、チームの目標を考えた2015年。

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