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殿堂入りに9年かかった斎藤雅樹。
無口、背筋、そして伝説の10.8。

posted2016/01/22 10:40

 
巨人と中日の最終戦が優勝決定の直接対決となった伝説の“10.8”。斎藤雅樹がリーグ優勝を大きく引き寄せた。

巨人と中日の最終戦が優勝決定の直接対決となった伝説の“10.8”。斎藤雅樹がリーグ優勝を大きく引き寄せた。

text by

鷲田康

鷲田康Yasushi Washida

PROFILE

photograph by

Koji Asakura

 もっと早くても良かったはずだが、巨人の大エースだった斎藤雅樹(現二軍監督)が、ようやく野球殿堂入りを果たした。

 斎藤は1990年代の巨人の大エースだったが、現役時代から口数が少なく、記者泣かせの選手の一人だった。

 取材で質問をしても、ほとんどが「そうっすね」とそっけない答えばかりで、当時の担当記者の間では取材のこんな都市伝説もある。

――斎藤さん、きょうは素晴らしいピッチングでしたね。
「そうっすね」

――きょうは真っ直ぐも走って……
「そうっすね」

――変化球もキレがありましたが……
「そうっすね」

――斎藤さん、お刺身にかけるのは?
「そうっす(ソース)ね」

 そんな感じだったから、その実力のわりにマスコミの扱いも小さく、それが今回の殿堂入りの投票でも遠回りをする理由の一つではなかったかと想像できる。

沢村賞を3度獲得したのは、歴代4人しかいない。

 ただ、取材をしているときにはなんとも頼りなく思えるこの男が、マウンドに立てば凄まじいピッチングで相手打線をねじ伏せたのは紛れもない事実だった。

 1989年と1990年に2年連続20勝をマークして最多勝利を達成すると、その後も'92、'95、'96年と合計5度の最多勝利のタイトルを獲得。最優秀防御率、最高勝率のタイトルも3度ずつ受賞し、MVP1回、沢村賞3回の表彰もある。沢村賞を3度獲ったのは、歴代でも杉下茂(元中日)、金田正一(元国鉄、巨人)、村山実(元阪神)と斎藤の4人しかいないことからも、プロ野球史に残る大投手といえるだろう。

【次ページ】 伝説の10.8、斎藤投入には理由があった。

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