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甲子園優勝を“後悔”した高橋光成。
西武入り直前の言葉と「150km」。
 

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安倍昌彦

安倍昌彦Masahiko Abe

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photograph byKyodo News

posted2015/02/10 10:30

甲子園優勝を“後悔”した高橋光成。西武入り直前の言葉と「150km」。<Number Web> photograph by Kyodo News

西武のシニアディレクターである渡辺久信と並んでも、この体格差。甲子園とは全く異なる高橋光成の投球を早くプロの現場で見たいものだ。

 正直、迷った。

 こんなドキッとすることを、こんなにサラッと口にされてしまっては。

「あのタイミングで優勝してしまったこと、後悔すらありましたから、あの後……」

 書いてもいいのか。

 いいの? と訊けば、いいですよ、ともう一度サラッと返されるだろうことは、その場の雰囲気から、考えずとも想像できた。

「あのタイミングでの優勝」とは、もちろん、2013年夏の甲子園優勝のことだ。

 当時、前橋育英高の2年生だった高橋光成投手は、未完の大器というふれ込みで甲子園入りすると、あれよあれよの快投、快進撃の末、甲子園初出場でまさかの全国制覇という大仕事をやってのけてしまった。

「自分たちの代で優勝すればよかったと思いました。優勝して、気分よく卒業していった3年生たちがズルいって……。そこまで思ってしまいましたから、自分」

ただ一生懸命投げていたら、いつのまにか「日本一」に。

 『野球人』第3巻に掲載した記事「流しのブルペンキャッチャー」のために、ドラフト直前に行なった取材。夏とは一変した剛球をこの手でさんざん受け止めたあとのインタビュー。

 苦労を重ねたこの一年を振り返っていると、話題は自然と「2年生での甲子園優勝」の話になっていた。

「自分が悪いんですけど…すぐに言い直したが、これは<真実>であろう。

 2月生まれだから、まだ16の少年が、なんの心の準備もないままに、ただ一生懸命投げていたら、いつのまにか「日本一」になってしまった。喜びもあったろうが、むしろ驚き、むしろ戸惑い、そして、自分を見失いそうになる毎日の中での自分との闘い。

 それも高校野球の<現実>なのであろう」

(「流しのブルペンキャッチャー」より)

【次ページ】 美しく報じられるが、彼らはまだ“大きな子供”なのだ。

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