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二浪、プロでの葛藤、引退後の進路。
元SB江尻慎太郎の「人生のFA宣言」。
posted2014/12/25 10:40
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph by
NIKKAN SPORTS
ソフトバンクの江尻慎太郎は、あっさりとユニフォームを脱げたという。
今年の第1回トライアウトで4人をパーフェクトに抑え、渾身のガッツポーズを見せた。ストレートの最速も145kmをマーク。37歳。ベテランと呼ばれる年齢でありながら、そのパフォーマンスはトライアウトに参加した投手のなかでも群を抜いていた。
トライアウトを見て獲得の意向となれば、参加した選手の元には1週間以内に連絡が入る。もし、その期間に携帯電話がならなければ引退の岐路に立たされる、という事実が暗黙の了解となっている。
「2回目は受けない」と意思表示した江尻も、もちろんその立場にあったわけだが、彼はその1週間が経つ前に引退を決めた。
そこには、はっきりとした理由があった。
戦力外通告後、球団から提案された一般企業への就職。
ソフトバンクは江尻に戦力外通告を言い渡す直前まで移籍先を探してくれたという。チームとしては、補強などを見越して来季の陣容を固めてしまってはいる。結果的に江尻はプロテクトから漏れたために戦力外となったのだが、プロの世界でまだ投げられる選手だと認めているからこそ、球団はそのような措置を取ったのだろう。
さらにその席で、江尻は球団から一般社会に進む選択も提案されていた。
「今後の5年、10年先を見据えた時に、今から一般社会に出て働いたほうが可能性は広がっているかもしれない。君だったら何年後かに野球界からの誘いがあるかもしれないんだから、その時にまた考えればいい」
ソフトバンクは、12球団のなかでもっともセカンドキャリアの斡旋に力を入れている球団だ。毎年、戦力外を言い渡した選手たちには球団スタッフとしての道はもちろん、親会社のソフトバンクの関連会社をはじめ、様々な企業への就職をサポートしてくれているそうなのだ。
球団の温情は江尻の背中を後押しした。本来ならば目の前が真っ暗になる戦力外通告だが、むしろ今後の人生を深く考えられるようになったと彼は言う。
「仮に5年後までユニフォームを着て投げられたとしても、その時にまた今回と同じような選択肢を迫られるわけですよね。40歳を過ぎて『野球の世界でしか生きてこなかった江尻慎太郎』になってしまうことを考えると、今、一般企業に進むことはデメリットじゃないんじゃないかな、と」