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NBAは夢物語じゃない。富樫勇樹の挑戦は続く。
~167cmの“小さな巨人”となれ~ 

text by

宮地陽子

宮地陽子Yoko Miyaji

PROFILE

photograph byGetty Images

posted2014/08/06 10:00

NBAは夢物語じゃない。富樫勇樹の挑戦は続く。~167cmの“小さな巨人”となれ~<Number Web> photograph by Getty Images

7月末より日本代表合宿に参加、10月のNBA開幕前キャンプのオファーを待つ。

「新潟もアメリカも、変わりないかなと思って」

 2年半前、アメリカの強豪高校モントロス・クリスチャンに留学していた富樫勇樹に、アメリカの高校に進学した理由を聞いたときに返ってきた答えだ。

 新潟の本丸中学時代に全国大会で優勝し、年代別の日本代表に選ばれていた彼は中学時代から国内で注目選手。アメリカの高校に進学することが発表になると、「本場アメリカに挑戦」と大きく取り上げられていた。それでも、本人には気負ったところがまったくなかった。

 そんな彼が7月、NBAの扉の手前に立った。ラスベガスで行われていた、NBAへの登竜門的な短期リーグであるNBAサマーリーグに、ダラス・マーベリックスの一員として出場したのだ。日本人選手としては史上4人目の快挙だ。

 こう書くと、アメリカの高校で自信をつけた結果だと思うかもしれない。しかし高校時代の富樫はチームの中心選手というわけでもなく、NBAとの距離感を肌で感じていただけに、NBAを目標として口にすることすらなかった。

bjリーグ秋田での大活躍を自信に再びアメリカへ。

 高校卒業後、アメリカの大学から望んでいたような勧誘がなかったために帰国。bjリーグの秋田ノーザンハピネッツに入団し、プロとしてのキャリアをスタートさせた。1年半の間に新人賞、アシスト王、オールスターMVPに輝く活躍を見せると、「個人的に納得できる数字が残せたので海外挑戦したいと思った」と、またひょいと国境を越えてアメリカに戻った。

 7月30日で21歳になったばかりで若く、167cmと、日本の成人男子の平均より小柄な富樫は、サマーリーグに出ていたNBA選手や予備軍の中に入ると、まるで一人だけ子供が混じっているようにも見えた。判官贔屓のファンたちの間では、いつの間にか“トガ”の愛称で呼ばれるようになり、彼がボールを持つと、期待のざわめきも起こった。

【次ページ】 2mを超える相手を手玉に取ったフローターショット。

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