SCORE CARDBACK NUMBER

高度な競争を支え続けた、BSの功績を称える。
~モトGP・タイヤ供給撤退を表明~ 

text by

遠藤智

遠藤智Satoshi Endo

PROFILE

photograph bySatoshi Endo

posted2014/07/16 10:00

高度な競争を支え続けた、BSの功績を称える。~モトGP・タイヤ供給撤退を表明~<Number Web> photograph by Satoshi Endo

近年は白熱のバトルが見られるレースが増えた。それは間違いなくタイヤの功績といえる。

 モトGPにタイヤを供給してきたブリヂストン(BS)が、2015年限りの撤退を表明した。BSは'02年に参戦を開始。絶対的強さを誇ったミシュランを相手に徐々に性能を高め、'04年リオGPでホンダの玉田誠が初優勝。'07年にはドゥカティのC・ストーナーが、自身とBSにとって初のタイトルを獲得した。

 '08年にはヤマハのV・ロッシがミシュランでは勝てないからと、BSにスイッチしてチャンピオンに返り咲いた。ロッシの勢いを見たホンダ・ワークスもシーズン中にBSにスイッチ。これがきっかけとなり、翌'09年からBSのタイヤ1社供給が実現することになった。

 BSがライバルに対して優位だったのは、第一にフロントのグリップ力、そして、前後問わず幅広い路面温度に適応するパフォーマンスだった。'07年からコスト削減案の一環でレース毎のタイヤの使用本数が制限され、1本のタイヤに広い温度レンジが求められるようになったことも追い風となった。

タイヤへの不満がなかったのは、高いクオリティの証明。

 モトGPへのチャレンジを長らく見守ってきた山田宏モーターサイクルレーシングマネージャーは、これまでの経緯と撤退の理由について、こう語った。

「ストーナーがチャンピオンを獲得した'07年はBSにとって最高の1年になった。そして、ロッシにBSを履きたいと言わせたことが何よりもうれしかった。それからタイトルを取り続け、'09年にシングルサプライヤーになってからも競争力の高いタイヤを供給してきた。参戦13年というのはひとつの区切り。モトGPへの参戦目標は達成したと思います」

 タイヤメーカーが競っていた頃は、バイクやライダーに合わせて作るスペシャルタイヤが存在した時代。それは番狂わせの要素でもあった。しかし、1社供給時代になってからは、純粋にマシンとライダーの力量が問われるようになった。

 BSの功績は、電子制御が進んだマシンが繰り広げるハイレベルな戦いを見事に支えてきたことだ。タイヤに対する不満の声がほとんど聞かれなかったことは、クオリティの高さの証明でもある。

 2016年のサプライヤーにはミシュランの復帰が決まった。もはやメーカー間の争いが見られないのは残念だが、BS時代のハイレベルな戦いは多くの人々の記憶に残るに違いない。

関連コラム

関連キーワード
ブリヂストン
ドゥカティ
ケーシー・ストーナー
ホンダ
山田宏

ページトップ