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小橋に続き田上も引退。
蘇る四天王時代の喧噪。
~12・7、ラストマッチは藤波戦~ 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

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photograph byEssei Hara

posted2013/12/06 06:00

小橋に続き田上も引退。蘇る四天王時代の喧噪。~12・7、ラストマッチは藤波戦~<Number Web> photograph by Essei Hara

故・三沢にのど輪落としをかける田上(右)。今後も三沢が創業したノアの魂を守り続ける。

 馬場・全日本の団体カラー“赤”を背負ってきた田上明が、プロレスリング・ノアの社長として25年の選手生活にケジメをつける。まぶしかった四天王プロレスの喧噪がカーテンコールに蘇る日がやってきた。“鉄人”小橋建太の引退、秋山準以下バーニング軍団の退団など激震に耐えた創立14年目のノア。2013年の最後を飾るのが12月7日、東京・有明コロシアムで行なわれる「田上明引退記念大会」だ。

 試合は、付き人だった森嶋猛、杉浦貴、平柳玄藩を田上が携え、天龍源一郎、藤波辰爾、井上雅央、志賀賢太郎組と対戦する。メーンは9度目の防衛がかかる王者・KENTAと挑戦者であるグローバル・リーグ戦優勝者・永田裕志とのGHCヘビー級選手権試合である。

 田上とドラゴン藤波は初対決。「実は藤波選手は、初めて3冠王者になった時(故・三沢光晴を破った'96年5月24日の札幌大会)に、一番戦ってみたい相手でした。当時は口に出すこともままならぬ状況だった」と今頃になって本心を明かす田上。いかにもノンビリ屋らしい。

練習嫌いの田上を辛抱強く見守ったジャイアント馬場。

 全日本で三沢、小橋、川田利明と四天王の一角を担った田上は大相撲の元有望力士だった。192cm、120kg。押尾川部屋で四股名は玉麒麟。西十両6枚目、幕内寸前というときに廃業。その後、全日本入団を決め、周囲を驚かせた。

「体が柔らかくていいね」と素質に惚れ込んだ御大・馬場と、'88年の後楽園ホール新春興行でタッグを組み、B・ランデル、P・ハリス組と対戦。新人としては異例のデビュー戦だった。

 ところが、この田上は大の練習嫌い。仮に“鬼軍曹”山本小鉄のいる新日本に入っていたら、3日で飛び出すとささやかれたものだ。コーチ役のザ・グレート・カブキが「こらっ、田上、稽古せんかい」と試合会場で田上を追いかけていたのもいい思い出だ。

 そんな田上を辛抱強く見守った馬場。「赤は体を大きく見せる」と赤タイツ着用を指示。ジャンボ鶴田とコンビを組ませることによって大器を開花させた。

 長身を利しての「のど輪落とし」が得意技だった田上。社長業に専念する新年は「心に残るプロレス」を提供するために、若きリーダー丸藤正道とのコンビで思い切った新機軸を打ち出してほしい。

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