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小宮山悟 「プロ入りして20年。
トレーニング理論は飛躍的に進化した」 

text by

生島淳

生島淳Jun Ikushima

PROFILE

photograph byKeiji Ishikawa

posted2010/11/02 06:00

小宮山悟 「プロ入りして20年。トレーニング理論は飛躍的に進化した」<Number Web> photograph by Keiji Ishikawa

 2009年のシーズンを最後にユニフォームを脱いだ小宮山悟さん。現在はスーツを着てテレビの解説などで活躍されている。身体を動かす毎日から生活は一変、どんな変化が身体に起きているのだろうか。

「いやあ、太ったんです(笑)。実は現役を引退したときに『1年間は何もしない』と決めたんです。現役時代は相当、身体に気を使いながら生活してきたので、引退をきっかけに『何もしなくなったら、自分の体はどうなるんだろう?』ってことに興味を持ってしまって(笑)」

プロ入り後の20年間で劇的に進化したトレーニング理論。

 1990年に早稲田大学からプロ球界入りした小宮山さんは44歳まで現役を続けた。その年齢までマウンドに上がることができたのは徹底した自己管理とトレーニングの賜物だった。

「僕がプロに入ってからの20年間でトレーニング理論は飛躍的に進化しました。入団したときの体重は75、76kgくらいだったんですが、引退した時は92kgになってましたから。オフの間もトレーニングをしてからプロテインを飲む、地味なトレーニングを続けることで体が大きくなっていきました。引退間近にはいま流行の加圧トレーニングにもチャレンジしたら、『こんなに体は大きくなれるのか』と自分でも驚いたくらいでしたよ」

“投げる精密機械”と呼ばれていた小宮山投手。現役時代には早大大学院にも通い、バイオメカニズムの研究で修士号を取得している

 当然、食事をとるにしても栄養学の知識を生かして、マウンドでの自分の仕事に役立つように意識していた。

「食事を楽しむという感覚はありませんでした。むしろ仕事道具である身体にガソリンを摂取する感覚でしたよ(笑)。登板した後は筋肉が破壊されているのでタンパク質を補給しなければいけない。だから肉を食べるにしても身体のためという意識が強かったです」

 先発を務めていたときは、一週間に一度の登板に向けて最善の準備を心がけていた。その期間にベストを尽くすことが仕事の自己評価へと直結したからだ。

「ジムワークに投球練習。『試合を作る』という先発の仕事を果たすために一週間それに向けて準備していく。いい準備ができて、投球内容がよければたとえ結果的に負けたとしても、それは胸を張っていいものでしたね」

トレーニングするのを我慢して1年……果たして?

 きっちり仕事に向けて準備する生活の反動だったのか、引退してからはゆったりと羽根を伸ばそうと考えていたという。

 興味深いのは、投球、トレーニングなどあらゆる面で小宮山さんは研究熱心だったため、何もしない自分の身体にどんな変化が起きるのか確かめたかった――そんな好奇心が沸き上がってきたことだった。

「何もしないとどうなるか? 本当に緊張感のない身体になります。身体がたるむ感じで、ゆるんだ部分は下に落ちてきて、地球には重力があるんだなと実感しましたよ(笑)。夏の前から『さすがにこれはヤバいな』と思い始めたんですが、ここでトレーニングを始めてしまったら、自分の身体を使った1年間何もしないとどうなるかという実験が完結しない。トレーニングするのを我慢したんです」

 引退から1年、小宮山さんの体重はどうなっていたのだろうか。

<続きは11月9日(火)に配信します>

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