メキシコ戦のハーフタイム、ロッカールームでドメネク監督に卑猥な言葉を言い放ったアネルカの追放劇は、かろうじて保たれていたフランス代表の屋台骨を完全粉砕する、とどめの一撃となった。
『レキップ』紙の1面に、アネルカの暴言が掲載されたのは、フランスがメキシコに0-2で敗れた翌々日のことだった。エブラとアネルカの間で始まった口論にドメネクが止めに入り、ドメネクとアネルカの言い合いに発展したのだという。
事態を重く見たフランスサッカー協会は、アネルカの代表追放を即座に決定。ひと言も反論せず処分に従ったアネルカは、自宅のあるロンドンへと戻ってしまった。
反発したのは選手たちだった。キャプテンのエブラは、「新聞で伝えられた言葉は事実ではない。選手に事情を聞かず、虚偽の報道に基づいて協会が判断を下すことには納得できない」とコメントし、選手全員が試合前々日の練習をボイコット。同時に抗議声明を発表した。
ベンゼマ外しはドメネク監督の恐れの現れだった。
次の日に練習は再開したものの、心労が著しいエブラとアビダルは南アフリカ戦を欠場。試合もいいところなく1-2で敗れ、前回準優勝国フランスは、最下位でのグループリーグ敗退となった。
『パリジャン』紙によれば、アネルカが批判したのはドメネクの戦術だった。だがエブラは、それも事実とは異なるという。そして本来なら外部に漏れるはずのない出来事がメディアに伝わったのは、内部に密告者がいるからで、それが誰かを特定するほうが重要だと語った。
しかし、問題の核心はもっと根深いところ、フランス代表そのものが、久しく前からチームの体をなしていないことにあった。23人のリストから漏れた後、ベンゼマは代表を「サッカーではなく政治そのものだ」と批判した。ベンゼマ外しは、アネルカ=リベリー=ベンゼマが、強固なラインを作ってチームに影響力を及ぼすことへの、ドメネクの恐れの現れだった。人間関係は入り組み、チームはまとまりを欠いた。
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(更新日:2010年7月1日)































