ルステンブルクの歓喜から一夜明けた6月25日午後、ベースキャンプ地のジョージに戻った日本代表は、タウンシップ(ソウェト)と呼ばれる旧黒人居住区へ向かった。地元の人々との交流イベントに出るためだ。
「ホンダ! ホンダ!」
凄まじい人気である。本田圭佑の姿を見つけるや、大人も子どももみな、両手を天に突き上げては「ホンダ!」と連呼するのだ。
14日のカメルーン戦でのゴールで名前が知れ渡り、24日のデンマーク戦での衝撃的な直接FK弾が、子どもたちの心に火をつけた。試合を重ねるごとに、ワールドクラスの選手へと個の成長を遂げている印象で、ジョージでは今やすっかり「僕たち、私たちのホンダ」になっている。
これだけ多くの声が飛んでくれば、本人も嬉しくないわけがないだろう。交流イベントの最中はクールに装いつつも、表情にはうっすらと笑みが浮かんでいた。
歴史的勝利を収めたデンマーク戦後のミックスゾーンで見たのも、同じ表情だった。
「ベスト4ではなくて、優勝を目指してもいい」
「なかなか喜べないんで、それが自分でも不思議ですね。もっと喜べると思ったんですけど。試合前は、今日はすごく大事な試合だと認識していましたし、勝てばうれしいだろうと思っていたんですけど。なぜ喜べないかは、まだ上には上がいるという思いからくるんじゃないかなと」

思い起こせば、ワールドカップメンバーが発表された後の5月16日、本田は意を決したような緊張感を漂わせながら、こう宣言していた。
「ベスト4を実現できるか、正直分からないが、実現しようとするかどうかが大事。僕自身はベスト4ではなくて、優勝を目指してもいいと思っています」
あのときの強いまなざしを思い出せば、南ア入りしてから本田の口数が激減していた理由がすんなり分かってくる。自分に対して、相当強いプレッシャーをかけていたのだ。
ミックスゾーンで、本田はこう続けた。
「優勝? それに関しては自分との格闘でしょう。弱い自分もいるし、でも行けると思っている自分もいる。いつもそのせめぎ合いです。でも、公言しないと、弱い自分がどんどん大きくなってしまう」と、“ビッグマウス”の裏にある意図を明かした。
ただ、本田を取り巻く状況が以前とは違っていることはハッキリと分かるようになっている。
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筆者プロフィール
矢内由美子
1966年6月23日、北海道生まれ。北海道大卒業後にスポーツニッポン新聞社に入社し、テニス、五輪、サッカーなどを担当。'06年に退社し、以後フリーランスとして活動。Jリーグ浦和レッズオフィシャルメディアスタッフ『REDS TOMORROW』編集長を務める。近著に『Jリーグ15年の物語 カズ&ゴンたちの時代』(講談社)『闘莉王 超攻撃的ディフェンダー』(学研)がある。ワールドカップ取材は南アフリカ大会で3回目。ツイッター:writer_y_yanai































