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代役の男が成し遂げた、
シーズン最終戦の大仕事。
~中須賀克行、モトGPで表彰台~ 

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遠藤智

遠藤智Satoshi Endo

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photograph bySatoshi Endo

posted2012/12/15 08:00

代役の男が成し遂げた、シーズン最終戦の大仕事。~中須賀克行、モトGPで表彰台~<Number Web> photograph by Satoshi Endo

中須賀が守ったシーズン表彰台記録は、1986年、250ccクラスの平忠彦の優勝から始まった。

 11月上旬に開催された最終戦バレンシアGPで、ヤマハ・ワークスからB・スピースの代役で出場した中須賀克行が、最高峰クラスの日本人選手としては'06年オランダGPの中野真矢以来、6年ぶりの表彰台に立った。

 予選はアタックに失敗して16番手。決勝は雨上がりの微妙な路面コンディションで、中須賀はスリックタイヤを選択する。レース序盤はレインタイヤ組が先行したが、路面が乾き始めたことでスリック組が順位を上げるなか、中須賀も6周目には3位に浮上。以降S・ブラドル、C・クラッチローと激しい3位争いを繰り広げたが、まず前方でD・ペドロサとトップ争いしていたJ・ロレンソが転倒。次いでブラドルとクラッチローも転倒し、中須賀は激しいレースを生き残って2位でフィニッシュした。

 1981年生まれの31歳。今季は国内最高峰のJSB1000で3回目のタイトルを獲得しつつ、モトGPの開発ライダーとしてヤマハの活躍に貢献してきた。その功績とテストの快速ぶりを認められ、この2年間で代役とワイルドカードでモトGP3戦に出場。少ないチャンスで掴んだ初表彰台だった。

'86年から続いている日本人の表彰台記録を守った、価値ある2位。

「なにもかもが完璧だった。タイヤの選択も良かったし、天候が味方してくれた。みんな同じ条件で表彰台に立てたのだから、すごく嬉しいし、大きな自信になった。こんなにうまくいくなんて思わなかった。最高のレースになりました」

 モトGPクラスがまぐれで表彰台に立てるレースでないことは、一緒に表彰台に立ったのがトップライダーであるペドロサとC・ストーナーだったことが証明している。

 素晴らしいリザルトを残した中須賀だが、ヤマハとしては世界経済の低迷で彼をフル参戦させられる状況になく、それだけにヤマハスタッフも大興奮のレースだった。

 今季、ニッポン勢は低迷した。クラスを問わずレギュラー組が一度も表彰台に立てず、'86年から続いてきた日本人のシーズン表彰台記録が途絶えようとしていた。しかし、シーズン最終戦の最終レースで、代役の男が窮地を救った。低迷する日本のレース界とファンにとって最高の1日。日本人にとって中須賀克行は、間違いなく今季のMVPである。

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