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<スモールクラブのJ1サバイバル術> サガン鳥栖の浪漫飛行。~“降格候補筆頭”躍進の秘訣~ 

text by

藤島大

藤島大Dai Fujishima

PROFILE

photograph byMiki Fukano

posted2012/11/16 06:00

傍観者は皆、声を揃えた。「昇格で十分に快挙」。
その見た目に乏しい戦力からして、1年での
J2出戻りを誰も疑わなかった。しかし――。
弱者を魅惑の戦闘集団へと変えた気鋭の韓国人指揮官と、
不動のボランチにして主将の言葉から紡ぐ躍進の秘訣。

 いつか鳥栖は「終着駅」だった。鉄道の話ではない。Jリーガーのおしまいの場所という意味だ。挫折の果てに辿り着くローカルな小クラブ。北京五輪の日本代表で唯一の得点者、豊田陽平が期限付きで京都からやってきたら、正直、悲哀の二文字が浮かんだ。経営は幾度もぐらつき、嫌な言葉だが「お荷物」と扱われもした。

 そのサガン鳥栖が、J1昇格の今季、走って、走って、走り疲れるだろうと思われたのにまだ走り続ける。夏を迎え、秋に差し掛かり、そこから先も足は止まらない。いまや、豊田は太陽の塔のごとく屹立する。

 第3節の横浜F・マリノス戦で初勝利、以後、引き分けの勝ち点1を主たる養分としながら、ついに9月には5位にまで浮上した。それだけでも快挙に近い。ここから全敗したって及第点ならもらえる。

 そういえば開幕前、少なくないエキスパートがサガン最下位の予想をつけた。

 どう思いますか?

「当然でしょう」

 JR鳥栖駅前、公共図書館の上の階にある会議室、大健闘にして大奮闘のチームを率いる就任2年目の指揮官はそう言った。

韓国のファンタジスタだった指揮官が突き詰めたのは、堅守速攻。

 尹晶煥(ユン・ジョンファン)。かつて血の色の韓国に花の彩りを添えた。半島のファンタジスタ。美しく冷たいようなパスをふいに繰り出す現役時の姿をそう表わしてもおかしくはあるまい。

 その人が、スモールなクラブにビッグなハートを植えつけ、気骨と不屈をモットーとする闘争集団をまとめ上げる。39歳の監督は、芸術家で労働者だ。自由なひらめきと力仕事の尊さを等分に理解している。ピアニストの指がハンマーの柄を固く握りしめる。

 人口約7万の小都市を本拠として、ささやかな予算を懸命かつ賢明に割り振って、独自にして普遍の堅守速攻で存在を示す。それがサガンの生き方だ。J2ですらそうやってきた。2位からの昇格、評論家諸氏の「降格鉄板」も自然だった。

「こわい気もします。あまりに早い成功が。思い描いた通り進みすぎているのです」

 元プロ選手、金正訓通訳を通して、時の指導者はつぶやいた。

<次ページへ続く>

【次ページ】 弱者の常道を極度に貫徹するから、簡単に負けない。

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