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<激戦のインディ500を振り返る> 佐藤琢磨 「ワンチャンスに賭けた1コーナーの真相」 

text by

今宮雅子

今宮雅子Masako Imamiya

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photograph byFutoshi Osako

posted2012/10/05 06:00

<激戦のインディ500を振り返る> 佐藤琢磨 「ワンチャンスに賭けた1コーナーの真相」<Number Web> photograph by Futoshi Osako
世界3大レースの1つに新たな歴史が刻まれると
誰もが信じた次の瞬間、来るべき栄光は無情にも消え去った。
果敢に攻めた“勇者”がその一部始終と思いを語った。

「一時は“勝てる!”って思ったんですけど、残念な結果に終わりました。でも、エキサイティングなレースでした」

 インディカー・シリーズ最終戦が行なわれた、カリフォルニア州フォンタナのオートクラブ・スピードウェイ。エンジン交換によるペナルティを受けて21位からスタートした佐藤琢磨は、500マイルレース(2マイルオーバル×250周)の序盤にポジションを上げた後、大混戦のなかで常にトップ5以内を走る健闘を見せた。カリフォルニア、そして日本から応援にやって来たファンの前で首位争いも演じたレースは、彼らしさに満ちた見応えのあるものだった。しかし終盤のイエローコーション、赤旗中断後の再スタートでは前戦のボルチモアと同様、エンジンが息をつく問題を抱え、ポジションを守るのも精一杯。苦しんだ結果、最終ラップでグリップを失い、ウォールに当たって7位でレースを終えた。

 速さを発揮しながら、トラブルとの戦いの末、最後は足元をすくわれた。今シーズンの一面を象徴するようなレースだった。

インディ参戦3年目、伝統のインディ500で実現するはずだった夢。

 インディシリーズ3年目。何度もトップを走り、「このレースこそ」とつかみかけた勝利は、そのたびに指の隙間からこぼれていった。4月29日の第4戦サンパウロ(市街地)では初めての表彰台=3位。7月22日のエドモントン(空港特設コース)では2位。しかしそれ以上の速さを証明したレースがいくつもあった。とりわけ、伝統のインディ500マイルレースでは――5月末のあの日曜深夜から月曜未明、日本ではいくつの歓声と悲鳴が生まれたことだろう?

最終ラップでフランキッティ(左)を抜くには向かい風の1コーナーしかチャンスのなかった佐藤(右)。

 2.5マイルのスーパースピードウェイを200ラップ疾走する。その最後の周回でトップのダリオ・フランキッティに並び、オーバーテイクを完成しようとした瞬間、ナンバー15のブルーと白のマシンはコントロールを失った。現実に起こったことも、実現するはずだった夢も、何もかもが白昼夢のようであった。

「あの瞬間は、頭のなかが真っ白になりました」と、琢磨が言う。それは、インディアナポリスの現場で、あるいはテレビの前で観戦していた世界中のファンも同じ。しかし誰も“2位でも素晴らしい成績だったのに”とは言わない。何故なら、これがインディ500。アメリカンドリームを体現するレースに表彰台はなく、ひとりの勝者だけが祝福を受ける。800kmの高速バトルの末には“勝ち”か”負け”しか存在せず、琢磨の最終成績を17位と記憶するインディ・ファンもいない。心に鮮明に残り続けるのは、彼が最終ラップで果敢に勝利に挑んだという事実だけなのだ。

【次ページ】 一時はトップに立った琢磨だが、残り17周で7番手に。

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