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まだまだ続く豊作の“斎藤世代”。
巨人の秘密兵器、小山雄輝の反骨心。 

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氏原英明

氏原英明Hideaki Ujihara

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photograph byKyodo News

posted2012/09/12 12:30

まだまだ続く豊作の“斎藤世代”。巨人の秘密兵器、小山雄輝の反骨心。<Number Web> photograph by Kyodo News

「(澤村に)追いつきライバルになれたらとは思う。2人でチームの勝ち星を増やしたい」とシーズン前に語っていた小山。2勝目を挙げた小山に原監督は「今休んでいる澤村と互角に競い合える」とコメントしている。

 ニコリともしないインタビュー中の彼の眼差しに、決意の強さが見える。

「僕は打たれた時点で、すぐに(下へ)落とされる選手。結果を残さなければいけないと思っています。マジックが点灯している時期にチャンスをくれている監督、首脳陣には感謝したい」

 巨人の2年目右腕・小山雄輝が、8月31日のDeNA戦でプロ初勝利を挙げた。さらに、9月11日の広島戦でも8回を無失点に抑え2勝目。デビューを飾った昨シーズンは未勝利に終わったが、7度目の先発となる8月31日の嬉しい初勝利からようやくチームの大きな戦力になった感が出てきた。

 そんな小山だが、昨季セ・リーグ新人王のチームメイト澤村拓一とは同期で、いわゆる「斎藤世代」のうちの一人だ。

 しかし、澤村や斎藤佑樹(日本ハム)のような大学時代を彼は歩んでいない。

野手転向から再び投手、そしてフォーム改造……波乱の大学時代。

 天理大学(奈良)2年の春にチームの方針で野手に転向、遊撃手を務めた。その後、チームは2部に降格。当時の監督が交代した。新監督のもとで2年秋に投手への再転向を果たしたが、故障で出遅れてしまう。教員資格の取得も目指して進学していたという天理大ではあったが、その大学野球生活の序盤はさほど恵まれたものではなかったという。

 小山にとって追い風になったのは、その新監督が近鉄や阪神でプレーしていた中村良二氏だったことだ。プロ経験者の的確なアドバイスは、小山の心にダイレクトに響いた。

 なかでも、3年の頃に140キロ後半を計測し、大学野球界で注目選手の一人になりつつあった中で着手したフォーム改造は、小山がプロ入りを果たす大きなキッカケとなった。勧めたのは、中村監督の縁で臨時コーチとしてチームに招かれていた元近鉄のエース・山崎慎太郎氏だ。小山はいう。

「フォームをリセットすると、もしかしたら、(投球そのものが)ダメになるかもしれない、と。正直、怖かったです。でも、それが成功しないと上にもいけないと監督や山崎さんから言われたんです。それまでの投球フォームは、上半身の力が主体で強く速い球を投げるって感じだったんですけど、そうなると、低目に強い球、投手らしい球筋がいかない。なので、そこを変えるために、しっかり下半身を鍛えて、下半身のターンで腕を引っ張り出して投げるという風にしました。3年が終わってのフォーム改造は勇気がいりましたが、やってみての手ごたえはありました」

 その後1年間を通じて大学生活最高の防御率(1.04)を残し、2010年のドラフトで巨人から4位指名を受けたのだ。

【次ページ】 「『斎藤世代』の騒がれ方は、地方で見ていて悔しかった」

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