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難病を越えて躍進遂げた
S・ルイスの大きな支え。
~ある女子プロゴルファーの奇跡~ 

text by

雨宮圭吾

雨宮圭吾Keigo Amemiya

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posted2011/12/13 06:00

難病を越えて躍進遂げたS・ルイスの大きな支え。~ある女子プロゴルファーの奇跡~<Number Web> photograph by mizuno

 11月4日からの3日間、今年も三重県の近鉄賢島CCで日米ツアー共催のミズノクラシックが行なわれた。

 ミズノ契約のホステスプロとして出場したステーシー・ルイスは、通算12アンダーの6位という成績で期待に応えた。18位から出た最終日には前半だけで5バーディーの猛追。順位では下回ったものの、そのプレーは最終日最終組で3位に敗れた1年前より力強さを感じさせるものだった。

 その理由はこの1年でルイスが見せた成長と無縁ではないだろう。

 昨年の大会で初優勝のチャンスを逃して迎えた今シーズン、4月のクラフトナビスコ選手権でメジャータイトルと同時に初優勝を勝ち取った。その後も何度も優勝争いに絡み、賞金ランキングは自己最高の4位。期待の若手からトッププレーヤーの仲間入りを果たし、9月の米欧女子対抗戦「ソルハイムカップ」でも米国代表に選ばれた。

 アーカンソー大を出てプロ4年目の26歳。順風満帆な道のりに見えるが、決してそうではない。なぜなら彼女の背骨には、今もチタンの棒と5つのボルトが埋め込まれているからだ。

11歳からの約7年半は1日18時間も矯正器具を装着して過ごす日々。

 背骨が左右に曲がってしまう脊柱側彎症という難病ゆえに、11歳からの約7年半は1日18時間も矯正器具を装着して過ごす日々だった。高校卒業後には手術を受け、痛みと不安、厳しいリハビリを乗り越えてコースへとカムバックしてきた。

 昨年は同じ病気を患う日本の女の子を大会に招待し「私は両親から『治療期間は人生の長さと比べたら短い』と言われて頑張ってきた。あなたも頑張って」と励ました。ボランティア活動に熱心に取り組み、今年は来日前に遠征したマレーシアでも同じ病気の子供たちを慰問した。

「これまでに出会った患者さんからは、メジャーに勝つ前もたくさんのメールやプレゼントをもらっていた。それがメジャーに勝った後は、今までにも増してたくさんの励ましをもらってます」

 その中には日本で激励した少女からのプレゼントも含まれているという。

「病気は私の個性」と言えるようになるまでに味わった苦痛と葛藤。そこに至る道のりで得た世界中からの声援。ルイスのゴルフにとって、揺らぐことのない最大の支えである。

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