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西本幸雄と江夏の21球。
~悲運の名将を偲んで~ 

text by

松井浩

松井浩Hiroshi Matsui

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posted2011/12/09 06:00

西本幸雄と江夏の21球。~悲運の名将を偲んで~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number
1979年11月4日の日本シリーズ第7戦、広島vs.近鉄。今もなお語り継がれる伝説の名勝負の最中、闘将と呼ばれた男の脳裏には、20年近くも前のある出来事の記憶が蘇っていた。弱小チームを類まれな指導力で鍛え上げ、8度のリーグ優勝を果たしながら、ついに頂点へ到達できなかった指揮官の知られざる実像に迫る。

――2011年11月25日、“悲運の名将”と言われたひとりの野球人が不帰の客となった。西本幸雄、享年91歳。その通夜は、山田久志、福本豊、梨田昌孝ら教え子で、名選手や名指導者となった数多くの野球人たちが見送る盛大なものとなった。

2005年5月、創刊25周年記念となるナンバー626号で発表された傑作長編『西本幸雄と江夏の21球』を、故人を偲び、ここに再び掲載する。

「あの時、スクイズのサインを出したことに後悔はないよ」

 近鉄バファローズの監督だった西本幸雄は、85歳となった今、そう考えている。

2001年の日本シリーズ。ヤクルトスワローズvs.近鉄バファローズの試合で始球式にのぞんだ81歳の西本氏

 もちろん、後悔しても、過去の歴史を取り戻すことはできない。野球は、グラウンドで行われたプレーだけが、歴史的事実として記録されるスポーツである。むしろ、四半世紀の歳月を経て、すでにユニフォームを脱いでしまった現在、どんな過去も穏やかに振り返ることができるということかもしれない。

「ただ、スクイズという戦法が、ウチの打ちまくる野球と違っていたのは確かやな」

 西本は、そうも言った。

「パ・リーグのお荷物」とバカにされ続けた弱小チームを、6年かけてリーグ一の打撃のチームに育てあげたという自負が、西本にはあった。頭の中では「ストライクは、三つともバットを振れ」と思っている。「外野フライで同点や」。そうも思っている。

 しかし、次の瞬間、西本の左手が動く。当時、サインはベンチから三塁コーチャーを経て選手に伝えられた。西本の利き手である左手が、右肩に触る。それが、1979年の日本シリーズの命運を決するスクイズのサインであった。

1979年、広島vs.近鉄の日本シリーズ最終戦。『江夏の21球』の舞台。

 '79年の広島―近鉄の日本シリーズは、3勝3敗で最終戦までもつれこんでいた。第7戦の舞台は、大阪球場である。スコアは3-4。わずか1点を追って近鉄の最後の攻撃が始まっている。

 時折、冷たい雨が落ちてくる。試合開始から、すでに3時間半近くが経過していた。11月4日の午後4時半ともなれば、雨が濡らす黒土のグラウンドは冷え込んだ。西本は背番号「68」のユニフォームの下にウインドブレーカーを着込んで、一塁側のベンチ中央に座っていた。当時59歳である。

1967年に阪急ブレーブスを率いてチーム初のリーグ優勝を果たす(当時47歳)。その後、7年間で5度のリーグ優勝を記録した

 右のバッターボックスに、石渡茂が入った。

 ワンアウトながら、ベースは全て埋まっている。三塁ランナーの藤瀬史朗がホームへ帰ってくれば同点。二塁にいる吹石徳一まで生還すれば、「サヨナラ日本一」という劇的な幕切れになる。石渡の一振りで、西本を日本一の監督にすることもできた。

「バッターボックスに入る前、監督に『サインをよう見とけ』と言われたんです。だから、スクイズのサインが出るかもしれないと思いました。でも、僕は打ってやろうと思っていたんです。スクイズのサインが出るまではストレート狙いで、『初球から行くぜ』と思っていました」

 石渡は、そう振り返った。

 マウンド上には、広島のリリーフエース江夏豊がいた。

「南海時代の江夏さんとは、何度も対戦していました。当時は変化球が多くて、ストレートは速くないという印象だったんです。ところが、この日本シリーズでは、球が速くなってストレートが増えていた。そのストレートを狙ってやろうと思ったんです」

 江夏のセットポジションは、突き出たお腹の上にボールがセットされる。そのお腹をどっこらしょと持ち上げて投げ込んだのは、インコース高めのカーブだった。石渡は、わずかにしゃがむようにしながら見送った。

「僕は、ストレートにヤマを張って、そこへ変化球が来ると対応できるタイプじゃなかった。カーブだか、フォークだかが来たので、見送るしかなかったんです」

 アンパイアの右手が、さっと上がった。全国でスコアを記入しながら観戦している野球ファンが、ストライクを示す「○」を一つ記入する。誰もがフッと息をつくような場面だが、その「○」が記されるわずかな間にピッチャーと監督の胸の内は急展開を見せていた。

江夏はスクイズを予感し、西本はスクイズしかないと確信した。

 マウンド上の江夏は、石渡が打ち気なく見送ったことで、初球はウェイティングのサインが出ていたに違いないと誤解した。そして、2球目に仕掛けてくるはず、それはスクイズしかありえないと考えた。

 さらに、石渡の打ち気のない見送り方は、西本の思いも急変させる。西本は、とっさに「石渡では、江夏を打てないのではないか」と思った。これも、西本の誤解だったかもしれない。しかし、ストライクをあっさりと見送った石渡を見て、西本はスクイズしかないと思う。

「石渡の前に、ノーアウト満塁で佐々木(恭介)を代打に送ったけど三振やった。それも大きかったよ。江夏と石渡。この二人を考えたら、ピッチャーの方が上かもしれん。それなら、バットを振るより、待って当てる方がバットに当たる確率が高いと考えたわけや」

【次ページ】 「打ち勝つ野球」より「確率の野球」にかけた西本。

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