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今こそ「ベッカム様!」と呼ぼう。 

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木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

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posted2005/10/06 00:00

今こそ「ベッカム様!」と呼ぼう。<Number Web> photograph by AFLO

 今こそ思う存分「ベッカム様!」と呼ぼうではないか。レアル・マドリーのユニフォームも目新しい彼が2年前に日本に降り立ったころ、みんなそう呼んでいたではないか。祈りを捧げたくなるようなカリスマと技量を発揮する、今のベッカムこそ「様」付きがふさわしい。

 いや、真面目な話、ベルナベウのファンは心の中で手を合わせたい気持ちではないか、「ベッカム様々」と。

 “ルシェンブルゴの魔方陣”(『レアル・マドリーの真実』9月14日付け参照)で迷子になっていた銀河系の戦士を、勝利の道にいざなったのはベッカムだった。妄信からそう断じるのではない。数字が冷徹に語っているのだ。レアル・マドリーが今季国内リーグ6試合、チャンピオンズリーグ2試合であげた16ゴールのうち、彼のパスやフリーキック、コーナーキックから実に8ゴールが生まれている。

 特に、21日のアスレティック・ビルバオ戦と28日のオリンピアコス戦は、転落から栄光への流れを彼1人で変えてしまった。1点を先制され嫌なムードだったビルバオ戦では53分の同点ゴール、69分の3点目、勝ち点ゼロで迎えて負けられないオリンピアコス戦では、9分の先制、86分の勝ち越しゴールが、彼の足から生まれている。

 いずれも負けや引き分けなら、ムード沈滞、采配批判沸騰は必至だった。なにせ、前回、私が「敗れでもすれば、大論争は必至」と書いたオリンピック・リヨンに3−0と大敗、エスパニョールにも1−0で敗れて、“ルシェンブルゴ解任論”すら流れていたのである。

 それがわずか2週間で、「楽しんでいる」(マジョルカに4−0で大勝後の10月3日付け『マルカ』紙1面)のタイトルが踊り、カンガルーだかカエルだかの悪趣味なポーズでゴールを祝う、バプティスタ、ロベルト・カルロス、ロナウドの楽しげな姿が見られるのだから、サッカーはわからない。大久保の目の前でベッカムは4ゴールのうち3ゴールにからんだ。

 ベッカムの何が変わったのか?

 「それは本人に聞いてくれ」とマジョルカ戦後のルシェンブルゴは、素っ気なかった。では、勝手に分析させてもらう。

 言い尽くされたことだが、絶好調の理由はやはりボランチから右サイドへ戻ったことだろう。私は、2年前「今週のベッカム」という連載の最終回「もっとベッカムが光り輝くために」をこう締めくくった。「ベッカム・ボランチは、レアル・マドリーを殺し、ベッカムを殺しかねない」と。

 私の立論は単純だ。

 ベッカムは次のような理由でボランチ向きではない。(1)状況判断のスピードが遅い、(2)タメを作る2つのテクニック──トラップ&フェイント(パスを受ける瞬間に、体の向きを変えながらつま先、アウトサイド、ヒールなどを使いボールを動かすテクニック)、ボールを“隠す”(体を使いボールを相手から遠ざけて守るテクニック)──が拙い。いずれもプレッシャーの厳しい中盤の底では不可欠のものだ。加えて、腰高で体の入れ方が悪いからインターセプトがうまくない。

 しかも、ボランチではベッカムの素晴らしいキック力が生きない。なぜなら考えるスピードが遅いからであり、(1)ボールを受け⇒(2)顔を上げ⇒(3)ボールを蹴る、という一連のアクションに、時間的・心理的余裕があるほど、彼のキックの精度は上がる。鋭いスルーパスも、大きなサイドチェンジも、曲がりながら落ちるセンタリングも、枠にぎりぎりに飛び込むミドルシュートも、急がせては出ないのだ。

 ならば、欠点が目立たず美点が際立つポジション、右サイドへ戻そうではないか。ゆっくり顔を上げて周囲を見回させる場所で、30メートルを超える素晴らしいピンポイントパスを出してもらおうではないか──。

 以上の主張は、私だけのオリジナルではない。カマーチョ前監督やルイス・アラゴネス代表監督も同趣旨の発言をしていたし、それこそスペインのジャーナリストにも同意見の者が大勢いた。

 それでも、レアル・マドリーがベッカム・ボランチにこだわったのは、ポジションの重なるフィーゴと共存させスーパースターをそろい踏みさせる商業的要請があったからだ、と思う。フロントの期待どおり、ベッカムは大量のシャツを売りまくり、アジアでのレアル・マドリーの地位を不動にしたが、タイトルからは遠ざかる一方。そんななか、ルシェンブルゴがフィーゴをベンチに置いてチームを建て直すことに成功し、ベッカムがマンチェスター・ユナイテッドでもイギリス代表でも不動のポジションを取り戻すことができたのだった。

 「怪物を作った」とレアル・マドリーのビジネス戦略を批判したばかりのフィーゴには気の毒だが、皮肉なことに彼の退団は商業的発明であるベッカム・ボランチと、攻撃偏重のいびつな補強方針(=「パボンたちジダンたち」)の両方に終止符を打つ結果となった。

 フィーゴ無き今季、コーナーキックはベッカムの独壇場である。

 「ベッカムとなら飽きるほどゴールを決められる」と豪語する183センチのバプティスタ、186センチのパブロ・ガルシア、ベッカムが「空中戦に強い」と形容する188センチのウッドゲート、「イギリス人ディフェンダーのように頭の使い方がうまい」と評価する183センチのセルヒオ・ラモス……。ヘディングが期待できなかったフィーゴ、オーウェンが去り、彼らが加わったことで、攻撃面では空中戦はめざましく向上した(なのに、なぜセットプレーで失点するのか?やはり集中力不足だろう)。

 ゴールキーパーから遠ざかるように(=アタッカーに向かってくるように)カーブがかかったボールの軌道に見事に一致して、バプティスタ、ロナウド、セルヒオ・ラモス、パブロ・ガルシアらが走り込む様は、迫力がある。ボールと選手の頭の2本の軌道線が交差した点が打撃点であり、当たればほぼ間違いなくネットを揺らす。先に軌道を読んでいて予定の場所に走り込むアタッカーの先手を取ることなど、ディフェンダーには不可能だからだ。

 ベルナベウ初登場後、すぐにベッカムはレアル・マドリーファンの心をつかんだ。目の肥えたファンは、1試合で13キロを走破することに象徴される彼の闘争心と犠牲的精神に敬意を払い、試合後に観客席に向けて拍手する紳士的態度を愛した。そして今季、鎖を外された彼のタレントに、スタジアム全体が平伏した感がある。

 おりしもフロレンティーノ会長は、現役生活をレアル・マドリーで終えるための長期の契約更新を準備中。ベッカム側も大歓迎でサインする見込みだという。

デイビッド・ベッカム
レアル・マドリー

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