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ベッカムがいれば……。ベッカム依存が進むレアル・マドリー。 

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木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

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photograph byMarca Media/AFLO

posted2004/01/15 00:00

ベッカムがいれば……。ベッカム依存が進むレアル・マドリー。<Number Web> photograph by Marca Media/AFLO

 みなさんご存知のように、ビクトリアの手がズボンの中に入った、入っていないと騒いでいる間に(意味不明の人はゴシップメディアを見よう!)、ベッカム不在のレアル・マドリーは首位からスッ転げてしまった。

 あれは「転落」ではなく「スッ転げた」だ。そのくらい喜劇的(あるいは悲劇的)な敗戦だった。

 まずベンチに並んだ面々で笑いを誘う。世界1のスーパースター軍団の控えが、メヒア、ディエゴ、ボルハ、ホアンフラン……。誰も知らん! これではそのままレアル・マドリーB(2部Bリーグに参戦中)である。

 いや、将来性のある彼らを嘲笑するつもりはない。喜劇的なのは、グラウンドに輝くキラ星とベンチの無名ルーキーたちの信じられない落差の方なのだ。

 芝生の上で行われたことは、もちろんもっとコミカルだった。

 決勝点になったキーパー、カシージャスのミスは責めない。

 笑われるべきは、熱があるにもかかわらず、彼にプレーさせたチーム事情の方だ。1週間前のムルシア戦では、やはり発熱中のジダンが出場させられていたのだ。

 それ以上に、私が笑い飛ばしたいのは、ロンドンのベッカムがタクシーの中で不埒な行いをしている間に、スペインでスーパースター軍団が披露した、走らない、動かない、やる気がない、の3拍子そろった怠慢プレーの数々だ。

 あれだけの豪華メンバーが歩きながらプレーし、紳士的にボールを譲り合う。

「お先にどうぞ」、「いや、あなたこそ」。ボールは軽やかなタッチでクルリクルリと持ち主を変えるが、まったく相手ゴールに向かって行かない。後半早々レアル・ソシエダに先制されても、球遊びを続けたジェントルマンたちの優雅さには、驚かされた。

 サッカーをやりたくない日もある――そういう無言のアピールだったか。やる気の無い者は代えればいいのだが、お寒いベンチ事情がそれを許してくれないのだから、ケイロス監督もお手上げだ。 

 あの夜ベッカムがいれば勝てた、とは思わない。が、喜劇をドラマに変えることはできたかもしれない。

 ベッカム抜きのレアル・マドリーの欠点は何なのか?

 第一にダイナミズムが欠けることだ。90分間で13kmを走るチーム1のアスリートの彼は、攻守に活力を与える。それはプレー上でも精神的にもだ。

 攻撃時には、フリースペースへ走り込んだり、後方でパスを待ったりして、ボールホルダーにパスの選択肢を与え続ける。守備時には、執拗なマークはもちろん、抜かれても次のマーカーの後ろに回り込みサポートする。つまり、べッカムの走力は、常に味方を数的有利な状況にし、パス出し、パス回し、インターセプトの3つを容易にしているのだ。加えて、チームメイトをモチベートする意味でも、決して足を止めないベッカムの力は大きい。

 第二に攻守の切り替えが遅くなることだ。それは、ロングパス一発で形勢を変える、逆転のカウンターの不在に典型的に表れる。

 レアル・マドリーの攻守の切り替えはもともと遅かった。ボールを奪ってもゆっくり後方からパスを繋ぎ、攻め上がって来る。これは個人技に自信があるからだが、あまりに一本調子で守る側には守りやすい。あの試合のようにタレントが不発で突破口のない場合は、長短のパスで緩急をつけ揺さぶることが必要だ。

 この点ベッカムがいれば、インターセプトから2、3本のパスでシュートに持ち込む速攻の形が作れる。センターライン付近からのベッカムの縦パス1本で、ロナウドがゴールする――こういうプレーで劣勢の試合でも勝ち点を稼いできたのだ。

 第三にセットプレーのバリエーションが乏しくなることだ。

 昨季までフリーキックでのセットプレーと言えば、ロベルト・カルロスのフェイントでフィーゴが蹴る、あるいはその逆しかなかった。そのバリエーションの無さは中学生レベルで、私は大いに笑わせてもらっていた。シュートの質で言えば、直線的な速いシュート(ロベルト・カルロス)とカーブの効いた遅いシュート(フィーゴ)の2種類。蹴り足は、左足(ロベルト・カルロス)、右足(フィーゴ)。キックの位置と距離を見れば、フェイントを入れようが入れまいが、ほぼ100%どちらが蹴るかを予測できた。

 が、今季は読めなくなった。

 ベッカムは止まったボールを蹴らせれば文句なく世界一だ。彼のボールはロベルト・カルロス+フィーゴ、つまり速くてカーブし、距離も左サイド右サイドも問わない。加えてちょこざいにも、フィーゴが右へ、ロベルト・カルロスが左へフェイントし、ベッカムが蹴る、といった洒落たセットプレーも見せてくれるからだ。

 こうして改めて書き上げると、いつのまにか“ベッカム依存”が進行していたことがわかる。いや、正確に言えば、レアル・マドリーでは“ロナウド依存”、“ジダン依存”、“ラウール依存”、“ロベルト・カルロス依存”、“カシージャス依存”の進行も深刻だ。

 破目を外せるのもケガをしている今だけ。ならば、公衆の面前であれビクトリアとの性と愛を謳歌するベッカムを許せる、というものだ。

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