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アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラ「新たな挑戦だ。しかし勝算はある」 

text by

塚本佳奈

塚本佳奈Kana Tsukamoto

PROFILE

posted2007/06/28 00:00

 4月7日、テキサス州ヒューストン。UFC代表のダナ・ホワイトがオクタゴンの中に入り、ノーネクタイのスーツに片手をポケットに突っこんだまま、新しく契約を結んだファイターの紹介を始めた。「現役最強のファイター」「ミルコに勝った元PRIDEヘビー級王者」と紹介された男は、満場の観衆の拍手のなか笑みを浮かべ、手を差し出す観客に応えながら入場してきた。

 ミノタウロ・ノゲイラ──。ヒョードルが王座を獲得してからも、PRIDEの象徴であり続けた初代PRIDEヘビー級王者の電撃的な移籍に目を疑ったのは日本人格闘技ファンばかりではない。所属先であるブラジリアン・トップチーム(BTT)にも一切相談なしの全くの独断だったのだ。しかも首脳陣がそろって日本にいるという、はかったようなタイミングだった。BTTのムリーロ・ブスタマンチはこう語る。

 「発表の2、3日前、UFCのためにアメリカに行っていた友人から、『ラスベガスにノゲイラが来ていて、こちらで契約するという噂が出ている』という連絡を受けたんだ。まさかとは思ったが、現実にこうなった。発表の時私はDEEPの試合に出るために日本にいて、まさに寝耳に水だった」

 ムリーロと並んでBTTのリーダーを務めるマリオ・スペーヒーにとってもそれは同様のことだった。

 「私は4月8日、PRIDEに参加していた時にノゲイラの移籍を知った。移籍を発表してから3週間後くらいに一度電話がかかってきたんだけど、『そういう話は電話じゃなく直接話そう』と言ったら『これから旅行に行くからすぐには話せない』と言う。『帰ってから来なさい』と言ったんだけど、リオに戻ってきたと聞いてから40日にもなるのに、いまだに連絡はない」

 当のノゲイラをリオに尋ねると、特に悪びれた様子もなく、いたって落ち着いた様子で移籍の経緯を説明してくれた。

 「PRIDEとの契約は4月末まで残っていて、熱心な日本のファンを刺激したくなかったから、それまではおとなしくしていたんだ。4月にホアン・ジュカオン・カルネイロの試合のセコンドにつくためラスベガスに来た時にはじめて確実なオファーを受けた。長く考える時間も、誰かに相談する時間もなかったけど、自分がどちらに進むべきかは自分が一番よく知っている。その日のうちにサインをして、そのままオクタゴンに上がって参戦表明をしたんだ。

 PRIDEには本当によくしてもらって、世話になった。PRIDEからも契約更新のオファーはあった。UFCの方が特別にいいオファーというわけではなかったんだけど、新しい挑戦をしてみたいという気持ちが勝ったんだ。もちろん、勝ち続ければ入ってくるPPV(ペイ・パー・ビュー)のインセンティブを入れたら違ってくるけどね」

 とはいうものの、よく話を聞いてみると、この移籍は、決してその場で突然思いついて決めたものではないようだ。

 「UFC参戦も念頭に、'06年の年末くらいには立ち技を強化するべくムエタイ、ボクシング、柔道のコーチと新たに契約して、柔術のコーチも増やした新しいメンバーの『チーム・ノゲイラ』をアメリカで立ち上げた。12月にPRIDEの最後の試合(ジョシュ・バーネット戦)が終わってから、母親のいるマイアミにしばらく滞在していたんだ。父親と離婚してからはあまり接触はなかったんだけど、母親ももう60歳で息子と一緒にいたいと思っているようだから、アメリカで試合をしたほうがいいのかなと考えはじめた。今年の1月には、すでにUFCに参戦していたアンデウソン・シウバの紹介で、まったく非公式にUFC代表のダナ・ホワイトと会ったんだ。まだPRIDEとの契約中ということを彼も分かっていたからビジネスの話はしなかったけど、ダナは格闘技を愛していて、非常に信用のおける人間だということがよく分かった。自信を持って仕事をしているし、自分のチームの人間を大事にする。これも移籍の大きな理由の一つになっている。マイアミのアメリカン・トップチームにはオクタゴンがあるから、金網での練習はすでに1月から始めているんだ。BTTはこれまでずっと一緒にやってきたから、ありがたくは思っているけど、今回事前に相談しなかったから向こうも気を悪くしているんだろう。今後ギクシャクするくらいだったら辞めた方がいいと思って、BTTはもう辞めたんだ」

 リオ・デ・ジャネイロ最大手のスポーツ新聞「JORNAL― DOS― SPORTS」で「ミノタウロとリング生活」という連載を執筆する、番記者のフェルナンド・フローレスはこう説明する。

 「ノゲイラはUFCと2年で6試合の契約を結びました。もちろんUFCの契約の方が魅力的だったということはあるでしょうが、暴力団との関係が取りざたされてフジテレビが手を引いて以降、PRIDEは何かと内部でもめている。一方のUFCは順風満帆で上り調子。全く迷う必要はなかっただろう」

 ブラジルの格闘技月刊誌「TATAME」編集長、マルセロ・アロンソはノゲイラの独立の背景にはBTTとの経済的な対立もあったと証言する。

 「ノゲイラはトップチームに、ファイトマネーの40%を納めることを義務付けられていた。内訳は20%が施設の使用料で、残りの20%がマネージメント料だ。ノゲイラはマネージメントは自分でするから、支払いを20%にしてほしいと希望していたのだが、話し合いは全く進まなかった。一方、自分で直接UFCと契約すれば、それらの“腐れ縁”もまとめて切れて、実際のオファー以上のメリットがノゲイラにはあるんだ。また、UFCに参戦を表明してから、ムリーロが日本の雑誌でノゲイラに対する怒りを表明したこともノゲイラの気を悪くしたようだ。チームのために金を稼いでいるのは自分なのに、そんなに悪くいうのか、と」

金網の中では、柔術家が圧倒的に不利という現実。

 しかし、UFCへ移籍して金網の中で戦うということは、ノゲイラにとって果たしていい選択なのか。かつてのチームメイトであるマリオもムリーロも、一様に悲観的だ。

 「ノゲイラは実力的にはUFCの選手達より頭一つ抜けていると思う。しかし、金網のルールと彼のファイトスタイルはなじまない。我々はみな寝技を重視したスタイルだけど、オクタゴンではリングと違ってストップがかからないから、押し込まれたらそこまで。彼のように下になってディフェンスすることが多い選手はみな同じ問題を抱えて戸惑うことになる。リングの中央で戦えばいいと言っても、UFCの選手は大概レスリングの経験者で、押し込む圧力が強い選手ばかり。そもそも相手を金網に押し込むということがUFCの勝利パターンのひとつなんだ。いくらノゲイラのスイープが優れていようと、体の一部が金網に引っかかっているだけで、何をするにも体の自由をほとんど失ってしまうんだ」(マリオ)

 「UFCでは、グラウンドが得意な柔術家は圧倒的に不利だ。クローズドガードにすればミルコのようにヒジ打ちの餌食になりやすいからオープンガードが望ましいが、オープンにしても相手との距離、また金網との距離をどう取るかが問題になってくる。そしてガードポジションに固執していると、瞬く間に金網に押し込まれてしまい、気がついた時には脱出できなくなってしまうんだ」(ムリーロ)

 しかし、BTTの面々は無断で離脱したノゲイラに対して、頭に血が上って冷静な判断力を失っているのかもしれない。BTT以外の専門家はどう考えているのか。自分の名前を冠したガードをはじめ、数々のテクニックを開発し、今でもノゲイラが技術的に悩んだ時にはその門を叩くという天才柔術家、ヒカルド・デラヒーバ。自分が黒帯を授けた愛弟子・ノゲイラの転向を、師はどのように受け止めているのだろうか。

 「私も意見は同じだ。柔術家にとって、ヒジ打ちがあったり、ストップがかからないUFCへの移籍はあまりいい選択とはいえない。柔術で覚えた下から攻める技は、PRIDEでは有利かもしれないが、UFCでは決してそうならない。金網は、柔術出身の人間にとっては常に不利に働く。柔術をやっていた人間はどうしても引き込みたくなってしまうが、引き込みはよほど注意してやらないと危険なんだ。そういう意味で彼がこれから一番練習しなければならないのは、グラウンドで上を取ることができる立ち技だよ」

(以下、Number681号へ)

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