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明治大学 自主独立、前へ。 

text by

永田洋光

永田洋光Hiromitsu Nagata

PROFILE

photograph byMasaru Tatsuki

posted2008/01/17 15:10

明治大学 自主独立、前へ。<Number Web> photograph by Masaru Tatsuki

 いいキャプテンかどうかは、負けた直後にわかる。毅然として、膝を屈したチームメイトに胸を張らせるのは、人間的魅力を備えたキャプテンに特有の行動だ。

 1月2日、第44回全国大学選手権準決勝。

 明治大学ラグビー部は、1回戦、2回戦をシャットアウトで勝ち進んで9年ぶりに4強に進出。慶應義塾大学に前半10-28と大きく引き離されながら、部是「前へ」を愚直に守り、FW戦にこだわって好敵手を追い詰めた。

 7点差に迫った終了直前も、自陣ゴール前から果敢に攻めた。トライ+ゴールで今シーズン3度目の引き分けに持ち込めば、トライ数は5となり、慶應の4を上回る。しかし、ボールをポロリと落として万事休す。27-34。敗れた部員たちは、がっくり膝をついた。

 上野隆太キャプテンは、つかの間天を仰いだ後で、崩れ落ちたチームメイトに手を貸して立たせ、胸を張って慶應フィフティーンとエールを交換した。

 試合メンバーであるなしにかかわらず、4年生全員の結束を訴えたキャプテンは、自身の感情に流されることなく、チームメイトに誇り高き敗者であることを要求した。それは、効率の悪さに時にイラ立ちながらも、「みんなでやることが勝ちにつながる」と信じ、90名を超える部員全員で同じメニューをこなすことにこだわり続けた1年間に相応しいラストシーンだった。

 藤田剛ヘッドコーチは、記者会見でそんなキャプテンを讃えた。

 「上野キャプテンが引っ張って、本当にいいチームになったと思う」

 キャプテンは涙目で答えた。

 「藤田さんが来てから、自分がやりたいラグビーができた。楽しかった」

 そして、後輩たちに思いを託す。

 「僕たちを超えろ、と言いたい。もっともっといいチームができる」

 優勝を目標に掲げたチームが準決勝で敗退すれば目標達成とは言えないが、大学ラグビーの在り方として考えれば、明治の幕切れは決して悪くない。それは、学生の「自主性」を重んじてチームを運営したクラブの、到達点と限界を示した結末だった。

 12月5日。人工芝が張られた八幡山グラウンドは、昔の「メイジ」しか知らない者には、ちょっとギャップがあった。しかし、違和感は練習が始まってすぐに吹き飛んだ。

 「イチ、ニィ、サン、シィー……」

 キャプテンの声に、部員たちが唱和する。

 「ニィ、ニィ、サン、シィー……」

 ホイッスルとコーンに仕切られ、コーチの指示に合わせてウォーミングアップを始める光景を見慣れた目には、そんな「体操」が、ものすごく懐かしく新鮮に映った。だが、チームは12月2日の早稲田戦に7-71と大敗したショックを払拭し、16日から始まる大学選手権に向けて練習を再開したばかり。雰囲気が張り詰めたものになると予想した身には、「牧歌的」という単語が思い浮かんだ。

 この日は、藤田ヘッドが勤めるクボタからスピアーズの山神孝志監督と佐野順BKコーチが八幡山を訪れ、少ない人数でスペースを守るドリフトディフェンスを指導した。テーマは早稲田戦で崩壊した防御の立て直しだが、動きは、あまりにもぎこちないものだった。

 1回戦の大東文化大学戦まで2週間弱。トンガ人留学生を擁して、まっすぐドカンと走り込む相手に、ドリフトディフェンスは逆効果じゃないか……そんな疑問も湧く。

 大丈夫なのか、明治は?― 防御でも「前へ」鋭く出るのが身上ではなかったか。

 疑問が解けたのは、週が明けて上野キャプテンに話を聞いたときだった。

 早稲田戦後の1週間、キャプテンは眠れぬ夜を過ごしたという。

 毎日朝晩、4年生全員で「腹を割って」話し合い、そこにメンバー全員を入れて修正プランを練る。結論が出れば、下級生まで含めた全部員に徹底する。ミーティングに次ぐミーティング。コーチ陣には部員の意志を代表して伝え、逆にコーチからの助言にも耳を傾けた。プライドを完全にへし折られた部員たちとともに、どうチームを立て直せばいいのか悩み抜いたキャプテンは、以下のような再建策をまとめあげた。

 練習は、今まで通り全員で行なうが、100%の気持ちで練習に臨まない部員はグラウンドから出てもらう。さらに、攻防の意思統一を図るために、ユニットより、チーム全体で動く練習を増やす。

 4年生から防御への提案もあった。ターンオーバーを狙ってFWがラックに入り過ぎ、ラインに残る人数が減っているというのだ。

 ドリフトディフェンスの練習は、だからキャプテンにとって「藤田さんが僕らに刺激を与えるための練習」だったし、立ち位置の修正など、「ドンピシャで足りないところがわかった」。つまり、ツールの一つに過ぎなかったのである。

 大東大戦は、こちらの心配をよそに、防御を試す場面もないまま43-0と快勝。

 しかし、今度は別な課題が目についた。

 攻撃のときにBKがパスを受ける位置が深く、相手から距離があり過ぎて、ゲインライン突破に苦労した。これでは、出足鋭くプレッシャーをかけるチームと対戦すれば、BKはタックルの嵐に見舞われてしまう。

 試合後、藤田ヘッドにどう思うか訊いた。

 「修正されるのは来年でしょうね」

 思わず「え?」と聞き返していた。

 「今教えて修正するのは簡単だけど、それではコーチの言った通りに動く、ロボットみたいな選手しか育たない。もちろん勝つためにヒントは与えていますが、彼ら自身が壁にぶつかって、心の底からこうしようと思わないと、教えても身に付かないでしょ」

 つまり、コーチ陣はあらゆる問題点を把握し、ヒントをいくつも与え、解決策を用意した上で、じっと学生たちが自ら「こうしたい」と決意するのを待っている、というのだ。

 確かに、かつて北島忠治監督が存命した頃の明治は、そうだったのかもしれない。

 しかし、平成になって20年が経った今、ライバルたちは先進的で分業を基本とするコーチング・システムを積極的に取り入れて強化に余念がない。そんな状況で、学生たちを、教えるのではなく気づかせる、明治の伝統的な手法が通用するのだろうか。

(以下、Number695号へ)

上野隆太
明治大学

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