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早稲田大学 「荒ぶる」への内なる戦い。 

text by

時見宗和

時見宗和Munekazu Tokimi

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photograph byNaoyoshi Sueishi

posted2008/01/17 15:22

早稲田大学 「荒ぶる」への内なる戦い。<Number Web> photograph by Naoyoshi Sueishi

 「ようやく本当の試練が来たな」

 大学選手権の準決勝、帝京大学戦を目前にした早稲田大学監督、中竹竜二は思った。

 1回戦の中央大学戦を50-7、2回戦の法政大学戦を39-7と、危なげなく勝ち進んだ早稲田は、右フランカーの小峰徹也、左フランカーの有田幸平、センターの長尾岳人、そしてここまで常にチームを支えてきた副将のフルバック、五郎丸歩を怪我で欠くという危機的状況を迎えていた。

 中竹はこれまでにない緊張感を味わっていたが、不安はなかった。しっかりと土台を築き上げたこのチームなら、選手が入れ替わってもブレることはない。たとえ五郎丸というリーダーを欠こうとも、絶対にこの試練を乗り越えることができるはずだ──。

 約1年前の1月13日。大学選手権決勝で関東学院大学に26対33で敗れ、中竹の監督1年目のシーズンは終わった。

 敗戦を通してあらためて思い知らされたのは「すべてに勝つという前提でチーム作りを進めなければいけない」ということだった。関東学院との一戦も、ふりかえって見れば、すべての局面で勝ちを確信していたわけではなかった。モール、スクラム、ラインアウト、タックル、イーブンボールへの働きかけ、ブレイクダウンといったラグビーを構成する要素について両チームを比べたとき、かならず勝てるとは言い切れない要素が残っており、そのあいまいさが負けにつながったことは明らかだった。

 中竹は反省の上に立って考えを進め、大学選手権決勝に50対0で勝つチームを作ることを2年目の指針とすることにした。天候、怪我、レフェリング、アンラッキー、敵の勢いなどの、練習では解決できない不確定な要素を考えたとき、50点のアドバンテージを事前に確保することが、確実な勝利にはどうしても必要だった。

 もうひとつ必要だと考えたのは、ゲーム中、逆境に立たされた時、それをはね返す武器となるプレイを作ることだった。中竹はそれをモールにすることに決めた。「早稲田らしくない」という声が予想されたが、そういうことではないのだと中竹は思った。

 歴史をふりかえれば、早稲田は負の発想からチーム作りを始めるケースが多かった。たとえば、スクラムはあきらめてバックスのスピードで勝負しよう、モール・ディフェンスは勝てないからタックルとイーブンボールの競り合いに勝って逆転しよう、というもので、そういうチームが「早稲田らしい」と言われることが多かった。しかし、中竹の考える早稲田らしさとは、純粋に勝つことだけを追求することであり、そのための手段として出てきた答えがモールなら、それは十分に早稲田らしい戦い方だと言えた。

 それではこの1年、どのようにしてチームを強化すればよいのか。

 たとえば選手の走力を上げようとする場合、もっとも早く効果を上げられるのは恐怖を使うことだった。恐怖で選手を走らせ、試合の中から走力が意味を持ったシーンを抜き出して「ほら、うまくいっただろう」と問いかけ、それを繰り返すうちに、選手は自分の意志で走っていると思うようになる。前監督の清宮克幸はそうしたやり方に長けていたが、中竹は基本的に人になにかを強いることが苦手だった。できれば選手たちが自分の意志で走るようにしたかったが、問題は時間がかかりすぎることと、選手たちにかかる負担が大きくなるということだった。

 「チームの到達点をもっと明確に示してほしかった」

 中竹は関東学院戦のあとの4年生たちの言葉を思い返した。結局、選手の自主性を最優先するばかりでは、無理があったのだ。一緒にチームの理想像を考えようとしたことが、選手たちには苦しかったのだろう。2年目のシーズンは、ゴールとそこにたどりつくための方法をはっきり提示しよう。そしてそれを実現するためには、恐怖とまではいかないまでも、いくつかの強制を取り入れよう。

 3月6日、権丈太郎を主将とする新チームのファースト・ミーティングが行われた。中竹は全部員の前に立って言った。

 「ぼくにとって2年目のシーズン、去年とは気持ちが全然違います。去年は手探りでみんなと確認しながら進めていったけれども、今年はやることをすでに整理しました。これからそれを説明します」

 そして、チームターゲットとチームスローガンを提示した。

 チームターゲット=『荒ぶる』

 チームスローガン=『PENETRATE(ペネトレイト)』

 『荒ぶる』は、大学日本一になった時だけ歌うことが許された歌であり、『ペネトレイト』は「貫く、突き進む、こじ開ける、突破する」ということを意味する言葉だった。

 中竹は前年の反省点を6項目上げ、それを克服するための方法、戦略などについて述べたあと、新しいディフェンス・システムについて説明した。前年、清宮のときの「待ち受ける」を「前に出る」に変えた中竹は、「数に頼らず1人1人が勝負する」ディフェンスに進化させることに決めていた。

 新しいものに対して否定から入る傾向が強かった選手たちは、この変更に強い拒絶反応を示した。

 「絶対にできませんよ」

 前に出て倒せば有利になることはたしかだったが、その反面、抜かれる危険性も高く、加えて待ち受けるよりもはるかに運動量が増えるからだった。

 続けてアタックの総論と各論、年間計画について述べたあと、中竹は“管理”という言葉を選手たちに向かって投げかけた。

 「去年はセルフマネジメント、自己管理を掲げましたが、うまくいかないことも多かったのでいくつかの点について今年は徹底的に管理することに決めました。『荒ぶる』を取るために、限られた時間を無駄にしないための決定ですが、本来は管理などないほうがいい。これから先、どこかでもう管理する必要はないという決断を下せる組織をめざしていきましょう」

 「戦術面に関して清宮さんの説得力はすごかった。言い返す気にもならなかった。中竹さんは戦術に関してはそこまですごくはないけど、チームをひとつにまとめて、新しいことにチャレンジさせることはものすごくうまい」

 五郎丸は、中竹の考えを受け入れて新しいディフェンスに取り組んだ。普段から冷静に中竹のやり方を見ていた五郎丸が先頭に立ったことによって、そのディフェンス・システムは、またたく間にチーム全体に広がった。

 昨年の大学選手権決勝で足首を骨折、リハビリに取り組んでいた4年生の松田純平は、チームの変化を「一歩引いたところから」見ていた。

 「去年の中竹さんは、どこか戸惑っているような感じで、みんな半信半疑でそれを見ていたところがあったのですが、今年はまるでそれが変わりました。やることがはっきりと提示されるので迷いがなくなり、練習にテンポが出てきた。結果が出るから信頼が深まり、それがどんどん加速していった。春シーズンはそんな感じに見えました」

 権丈の中竹への信頼は、日に日に深まっていった。

 「中竹さんは、いつでも僕たちの意見を聞き、任せてくれる。任せるというのはすごく勇気のいることだし、責任を伴うことだと思うのですが、どんな結果が出ても、すべて受け止めてくれる。自分たちで考え、決断するというのは本来の早稲田ラグビーのありかただし、ラグビーだけではなく、人生すべてに必要なスキルだと思います。たぶん中竹さんはそれを教えてくれているのだと感じました」

 チームは確実に成長していたが、周囲の評価は厳しかった。その理由は、曽我部佳憲、今村雄太、矢富勇毅、首藤甲子郎といったタレントが卒業したことにあった。「あれだけの人材がいながら勝てなかった中竹は無能だ」という一部の早稲田ファンの声は、中竹の耳にも届いていた。

 タレント不足は事実だった。とりわけバックスは、五郎丸を除けばすべてが不安定で流動的だったし、Bチームにいたっては前年のEチームぐらいの力しかなかった。

(以下、Number695号へ)

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