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世界を見据える22歳、武藤英紀の将来性。 

text by

大串信

大串信Makoto Ogushi

PROFILE

posted2005/04/28 00:00

 武藤英紀は、取材者からの質問を聞き終えるとしばらくじっと考え込み、それから決して滑舌はよくないけれどもしっかりとした言葉を並べて自分の考えや感想を表明する。これは取材者が英語国民であっても同じで、それなりのレベルの英語を使ってきちんと相手を納得させる発言をする。わたしが武藤に興味を持ったのはこんな彼の、妙に自信を感じさせる態度からだった。

 リップサービスは大歓迎だが、彼らはタレントではない。レース界ではそれを勘違いした若い選手が増えているのが若干嘆かわしいのだが、武藤は彼らとは完全に一線を画していた。

 1982年生まれの武藤は、中学を卒業するとレースの武者修行のためにイギリスへわたりレース活動をしたのち、'02年に帰国、Hondaが運営する若手ドライバー育成プログラムの一環であるフォーミュラドリームに参戦した。

 1年目の武藤の走りも新鮮だった。限界線を踏み越えながらその続き方を確かめるという、リスクの高い走法を見せたのだ。その走りの思い切りの良さは、ひときわ目をひいた。

 結局武藤は'03年、2年目のFドリームで圧倒的な速さ強さを示してシリーズチャンピオンになり、スカラシップを得て'04年はHondaのサテライトチーム的位置づけの戸田レーシングから全日本F3選手権シリーズへ進出した。本人には欧州へ渡る意欲もあったと聞くが、上位種目への進出が難しくなっている欧州の状況を考えれば、昨年の段階での全日本進出は最善策だっただろう。

 問題が無かったわけではない。シーズン途中に車体を切り替えたり、オーナー監督の戸田幸男が事故で負傷したりとチームが流れに乗れないままになり、目立った成績が残せなかったのだ。

 しかし見る人は見ている。今年武藤はHondaのF3メインチームであるM―TECのエースに抜擢された。そして早くも2レース目で、見事な優勝を飾ったのだ。M―TECの名将、田中弘監督は武藤を「世界に通用する才能の持ち主」と認めるが、それ以前に武藤は監督に向かって「ボクが監督を世界に連れて行ってあげますよ」と言い放ったという。武藤は今、最も大化けの可能性を秘めた若手選手だとにらんでいるのだが……。

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