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審判のレベルに見る、日本サッカーの現在地。 

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浅田真樹

浅田真樹Masaki Asada

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posted2005/05/26 00:00

 3月5日のJリーグ開幕戦、横浜―磐田で岡田正義主審が認めた“神の手ゴール”をきっかけに、今季は審判への不信感が充満している。

 4月16日の千葉―鹿島では上川徹主審が、ストヤノフの行為に比して驚くほど厳しい判定(レッドカード)を下し、好ゲームを台無しにした。オシム監督も珍しく、「水というのはグラスが割れるまでは入っているもの。我々が割ったのではなく、レフェリーがヒビを入れた」と皮肉った。

 確かにこのところの試合で、釈然としない判定は目立つ。とはいえ、審判ばかりを槍玉に挙げるのは、あまりフェアとは言えない。なぜなら、審判はその国のサッカーレベルを映し出しているからだ。

 ヨーロッパの審判は日本よりもレベルが高いが、プレーのレベルも同様に高い。逆にアジアには、ルールを知らないのではないかと思うような審判もいる。それはその国の、競技としての、文化としてのサッカーが審判を育てているからに他ならない。プレーする選手のレベルが上がれば、裁く審判のそれも上がる。日本に突然、ジダンやロナウジーニョが出てこないように、コッリーナさんだって出てこない。よくも悪くも、それが今の日本のレベルということだ。

 ただし、審判が選手のレベルアップを妨げているとなれば話は別だ。

 たとえば、こんなシーン。裏を狙ったスルーパスに対し、DFが相手FWよりも先に追いついた。ところが、DFは必死にFWの前に体を入れようとするあまり、ボディバランスを崩して勝手に転ぶ。あるいは自信がないから、ファウルをアピールして自発的に転ぶ。FWはボールを奪って、さぁGKとの1対1に――。と、ここでピーッ! 主審は、自分がファウルを見逃したことになってはたまらんとばかり、事なかれ主義的に笛を吹く。

 センターバックは今後、日本が世界に伍していくための懸案事項となっている重要なポジション。こんなに楽をさせていたのでは、世界基準の屈強なセンターバックは、いつまでたっても育たない。

 審判と選手は、その国のサッカーレベルを映し出す合せ鏡のようなもの。だが、もし審判の判定が選手の成長を妨げているとしたら。勝ち点3の行方を左右する以上にその責任は重い。

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